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狭山丘陵寺社めぐり 43 石畑・大野稲荷神社  (瑞穂町石畑)

狭山丘陵寺社めぐり 43 稲荷神社

 42報で紹介した「塔頭山地蔵」から青梅街道に向って歩くと、住宅地の中に「稲荷神社」がある。道路から狭山丘陵に向かう、長い参道(写真)を進むと、四つの鳥居(写真)が連なり、稲荷神社らしい雰囲気。但し、鳥居の色は稲荷神社特有の赤が二つの他に、白い鳥居が二つ交互に立つのが興味深い。

大野稲荷入口

大野稲荷鳥居

 鳥居の奥に、小さな社殿(写真)が建っている。

大野稲荷社殿

 社殿の扉の格子窓から覗くと、ミニチュア社殿(写真)が見え、これがご神体にあたるのであろうか。

大野稲荷神体

 参拝を終えて、参道を引き返していると、植木を剪定中の男性に声をかけられた。「神社に関する資料があるから見せましょうか?」との問い合わせに、有難く同意。男性が家から持ち出し、頂戴した資料が「石畑・大野稲荷縁起(昭和六十三年作成)」 男性がこの稲荷神社のオーナーである大野氏で、この神社は「石畑・大野稲荷神社」が正式な名称であることが分った。
 頂いた資料と大野氏の談話を私なりにまとめると「石畑・大野稲荷神社」は次のようになる。 神社の祭神は、稲倉魂神(うがのみたまのみこと)と大宮能売大神(おおみやのひめのおおかみ) 稲倉魂神は五穀・食物をつかさどる有名な稲荷神。大宮能売大神は稲荷神を祀る巫女だったが、のちに神格化されて神様となり、京都の伏見稲荷大社に、主祭神の稲倉魂神に付き従うように祀られている神様。 神社の御神体は、京都伏見稲荷本宮聖域の土及び御神木の枝・葉。神社を勧請した場合、本社聖域内の土・枝・葉などを頂くことを初めて知った。
 この神社が京都伏見稲荷から勧請されたのは、文化・文政年間(1820頃)と推定される。それは御神体外箱の側面に「宮崎能登守」と記されており、殿ヶ谷阿豆佐味天神社神官の宮崎家で能登守を名のったのは、文化・文政期の当主、能登守盛豊であったことによる。同時に、この神社の祭祀が(38報の)阿豆佐味天神社により執行される理由も判明した。
 昔は大野家を講元とする120名の氏子による稲荷講(写真)が行われていたが、今では氏子の数も半減しているようである。
大野稲荷講2

 最後に、稲荷神社の鳥居が赤いのは、万物の元、木火土金水の中の火を意味することを学んだ。 更に「一期一会」の言葉通りに、参拝者の私に声をかけて頂いた大野氏により、多くのことを学んだのを感謝
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声をかけられた

剪定中の男性に声をかけられた...縁で取材が深まりますね。Junpei

いいお話ですね

 120名の稲荷講は大きいです。多分、大野氏は阿豆佐味天神社の大旦那の一家、この地域「丸ヶ谷戸」の草分けの方と思われます。こうして直接お話しが出来るのも、寺廻りの喜びの一つですね。
 この地域は、特に、情の細やかな人々と出会うことが多くて、歩くのが楽しみです。続きをお待ちしています。 野火止用水
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