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狭山丘陵寺社めぐり 34 宿薬師堂  (武蔵村山市三ツ木)

狭山丘陵寺社めぐり 34 宿薬師堂

 前報の御嶽神社から、青梅街道を西に向かうと「宿バス停」の傍に「宿薬師堂」が建っている。砂利敷きの広い境内の南隅に本堂(写真)が建っている。

薬師堂

 薬師堂は江戸時代慶長年間(1596~1614)の創建。本尊の薬師如来は霊験あらたかな秘仏であったが、昭和15年の火災で本堂と共に焼失。現在の本堂は焼失の翌年に再建されたもの。 薬師堂は、寺社めぐり萩の尾薬師堂(18報)に次いで二つ目。 薬師本願功徳経では、薬師如来は東方浄瑠璃世界(瑠璃光浄土とも称される)の教主で、(修行中の)菩薩の時に12の大願を発し、この世門における衆生の疾病を治癒して寿命を延べ、災禍を消去し、衣食などを満足せしめ、かつ仏行を行じては無上菩提の妙果を証らしめんと誓い、仏(如来)となったと説かれている。 瑠璃光を以て衆生の病苦を救うとされ、薬師瑠璃光如来とも称されている。 
 宿薬師堂は昔から長円寺(26報)の支配を受けていた。
 市内の歴史講座で学んだ「産泰講」を紹介する。「三ツ木の宿の薬師堂では、四月十五日にオヒマチの会合を行っていた。女衆は、この日は他所への外出を控え、東大和市高木の塩竈神社から出たと思われる軸をかけて準備する。数名の当番が飯を炊き、豆腐の汁や、野菜の白和えなどを作った。参加者は、各家の主婦か、年配の女性で、各自が食器を持って夕方に集まった。子どもを連れていく人もいた。これをサンタイコウサマ(産泰講様)ともいっていたが、現在はなくなってしまった」 豊鹿島神社(7報)の境内社である「産泰社」(写真)を紹介する。産泰社は木花開く耶姫命を祭神とする安産・家内隆昌の神徳がある神社。

豊鹿島産泰社

 本堂の左奥に五つの石碑(写真)が並んでいる。右の石碑には「供養塔」と読めるし、その左隣は「馬頭観音」のようである。

薬師石碑

 境内に地蔵堂(写真)があり、説明版には「宿の子育て地蔵尊 造立年代は不詳ですが、明治時代に旧青梅街道が改修されるまでは、東にあった道路の傍に立っていました。改修のとき現在の場所に移されたものです。以前は近所の子どものいない家でしゅもりをしていたそうですが、今は子育て地蔵とよばれ、毎月四、十四、二十四の縁日には、遠方からもお参りする人々があり篤い信仰を受けています」と書かれている。
 「しゅもり」とは、こどもを授かりたい家の人が、子育て地蔵を管理・世話をすることをいう。子育て地蔵を大切に守っていると、子どもが授かるご利益があるのだろう。 縁日とは、神仏と有縁の日のことで、この日に参詣すると普段以上のご利益があると信じられた。

薬師地蔵

 宿薬師堂は、萩の尾薬師堂同様に、青梅行のバスの車窓からいつも眺めていた。どちらも無住の堂宇であるため、侘しいたたずまいとなっている。
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