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寺社めぐり 8 尾道市

寺社めぐり 8 尾道市

 大学クラス会の前日、総社市の寺社めぐりを終え、尾道市に宿泊。クラス会の当日の午前中、尾道市の寺社めぐりを楽しむ。尾道を訪れるのは5回目。その都度寺社を見ながら街歩きをしたが、本格的な寺社めぐりは今回が初めて。

1 千光寺   寺社めぐり2114社目

 急な石段を上りつめた千光寺山の山頂に建つのが「千光寺」(写真)

尾道千光寺065

 寺伝によれば、大同元年(806)に空海(弘法大師)によって創建され、源満仲(多田満仲)によって再興されたというが確証はない。 大宝山権現堂千光寺が正式名の真言宗系単立寺院。ご本尊は千手観音である。
 千光寺で有名なのが、境内からの展望(写真)。尾道の市街地と瀬戸内海の尾道水道、向島が一望できる絶景の地である。写真左上の尾道水道に架かる橋は「瀬戸内しまなみ海道」の「新尾道大橋」である。

尾道絶景
2 天寧寺

 千光寺に上る石段の下に建つ、海雲山と号す曹洞宗の寺院(写真)。 青梅市にも天寧寺という曹洞宗の名刹(寺社めぐり1395社目)があり、京都市、彦根市、会津若松市にも天寧寺が存在するので、曹洞宗所縁の寺院名なのであろう。

尾道天寧寺

 本堂のかなり上に、貞治六年(1367)に足利義詮が建立した国重文の三重塔(海雲塔、写真)が建っている。

尾道天寧塔

3 艮(うしとら)神社

 天寧寺の東隣に、千光寺と同時期に建立され、尾道市で最も古い「艮神社」(写真)がある。屋根の上の千木や堅魚木が、昨日参拝した総社宮と同じく伊勢神宮様式。 神社の門の屋根にも千木や堅魚木がある(写真)のが興味深い。 

尾道艮神社

尾道艮門

 祭神は艮金神と思われる。艮とは丑寅、即ち東北の方位のことで、陰陽道では鬼門とされる。艮金神は人々に大変恐れられていたが、吉備の国では信仰した者も多く、後に金光教の誕生につながったといわれる。 関東ではあまりお目にかかれない艮神社への参拝を願望していたが、この備後の地で願いが叶ったのは幸いだった。

4 御袖天満宮

 民家の中の小道を東に進むと、急斜面の石段が待ち受けている。石段の上に鎮座するのが「御袖天満宮」(写真)。 祭神である菅原道真が左遷され大宰府へ船で向かう際、尾道に上陸すると土地の人々に馳走されたので、これに感謝して自らの着物の片袖を破り人々に与えた。菅原道真亡き後、延久年間(1069~1074)にその袖を祀る神社を建立したといわれる。 尾道が、古から京都・奈良と九州をつなぐ航路の中継地であったことが分る。

尾道天満宮

5 西国寺

 天満宮の石段を下りて東に向かうと、大わら草履で名高い「仁王門」(写真)が建つ。

尾道西国門

仁王門をくぐると再び急峻な石段上りとなり、喘ぎながら着いたのが「西国寺金堂」(写真)。

尾道西国寺

 西国寺は天平年中(709)、行基菩薩創建と伝えられ、真言宗醍醐派の大本山。 ある日、尾道に立ち寄った行脚中の行基はその夜、加茂大明神の霊夢を見て、その御告げによってこの地に開山したと伝えられる。1066年に本堂炎上、行基作の本尊薬師如来も消滅したが、永保元年(1081)、平安朝白河天皇の勅命により再建し、今に至る。伽藍の規模は正に西国一という意味を込め、西国寺と名付けられた。
 武蔵野の寺社めぐりでも、行基の開基とされる寺院や行基の作とされる仏像によく出会う。これらのほとんどが行基の高名を利用したものと判断している。行基の活躍は近畿地方が主体であって、中国・九州では岡山県(大聖寺)と佐賀県(仁比山地蔵院)に行基が開基した寺院があるだけなので、西国寺の行基創建は信じがたいように思われる。なお東国では愛知県に行基開基の寺院が六つあるだけで、勿論関東には存在しない。
 真言宗醍醐派の総本山は京都市の醍醐寺で、大本山が西国寺の他に五寺ある。青梅市のツツジで有名な塩船観音寺は、十八寺ある別格本山のひとつ。
 本堂の裏山に三重塔(写真)が見えるけれど、もうこれ以上はのぼれないと判断し、遠望だけに留めておく。 右上の三重塔を含めた西国寺全景(写真)を紹介しておく。

尾道西国全景

6 浄土寺

 尾道市街地の東端に建つのが、国宝「浄土寺本堂」(写真)。真言宗泉涌寺派大本山の寺院。総本山は泉涌寺である。山号は転法輪山。院号は大乗院。本尊は十一面観音である。 本堂は嘉暦二年(1327)の建立。入母屋造本瓦葺き。和様を基調として大仏様、禅宗様の細部を取り入れた、中世折衷様仏堂建築の代表作。

尾道浄土寺

 浄土寺の創建年代については不詳であるが、聖徳太子が開いたとも伝えられる。この寺が文書等にあらわれるのは鎌倉時代中ごろのことで、鎌倉時代後期に真言律宗系の僧、定証によって中興された。
 浄土寺の二つめの国宝「多宝塔」(写真)は、嘉暦三年(1328)建立の和様の多宝塔。中国地方における古塔の一つとして、また鎌倉時代末期にさかのぼる建立年代の明らかな多宝塔として貴重。

尾道浄土塔

 これで久しぶりの尾道散策を終える。寺社めぐりを目的とすると、山の中腹にある塔や堂に上る必要があり、老いた身にはとてもきつい。されどそのきつさを克服した後の古刹の神秘や眺望の楽しみが、寺社めぐりの醍醐味と悟る。三浦雄一郎氏の「八十才エベレスト登頂」を思えば、尾道の坂ごときに弱音を吐いてはおられない。




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