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狭山丘陵寺社めぐり 30 阿弥陀堂  (武蔵村山市三ツ木)

狭山丘陵寺社めぐり 30 阿弥陀堂

 前々報「十二所神社」の西隣に、今回紹介する「阿弥陀堂」(写真)がある。訪れたとき、お堂の前で男性がお経を唱えながら、熱心にお祈りをされていたのが印象的。
 
阿弥陀本堂

 「阿弥陀堂」の本尊、阿弥陀如来像は、本堂内に安置されているのだろう。この阿弥陀堂は無住で、「26報長円寺」が管理されている。
 阿弥陀如来は、西方十万億土のかなたに極楽浄土という仏国土をつくり、あらゆる衆生をそこへ迎え、悟りに導こうと四十八の誓願を立てた仏である。誓願の中には、如来の誓願(本願)を信じ、極楽浄土へ生まれたいと念仏する者は、必ず往生することができると説かれる。
 阿弥陀堂の左に立つ大きな石像が「水子地蔵尊像」(写真) 石碑には「阿弥陀堂水子地蔵尊像建立について」と題し「仏像の造立と仏塔の建立仏果円満の布施の心によって、人々は善根や功徳を積むことが出来る、とお釈迦様は造顕の導きをわたくし達に教えております。 因みて、この世に生を享け成人に至らず逝かれた子たち、不運にもこの世の光はもとより父母の顔すら見ることもなく露と消えた水子たちの霊をお祀りし、お慰み申しあげるため、わたくし達発起人あい集い名称を阿弥陀堂水子地蔵尊と定め、造願を発起計画いたしました」」と書かれている。 悟りを拓いた人が書かれたと思われる名文である。

阿弥陀水子
 
 1970年代ごろから、人工中絶で死んだ胎児の霊を弔う水子供養の習慣が広まり、死亡した胎児のみを水子というようになった。それまでは死亡した胎児だけでなく、幼くして死亡した子供も水子といっていた。石碑でいう水子は、後者のようである。 この寺社めぐりシリーズでは、水子地蔵に初めてお目にかかることとなった。 私の6歳違いの妹が水子で亡くなったのを、おぼろげに記憶している。妹に着せるはずだった産着を、私が亡き妹の横においたことだけは忘れられない。
 
 境内には赤い袈裟をまとった六地蔵(写真)が立ち並んでいる。

阿弥陀六地蔵

 六地蔵は仏教の六道輪廻の思想(全ての生命は6種の世界に生まれ変わりを繰り返すとする)に基づき、六道のそれぞれを6種の地蔵が救うとする説から生まれたものである。六道とは地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道を言い、天に生まれると最高であるが、その次は人の世に生まれたいものである。 日本では現世で善行をするとか、南無阿弥陀仏を唱えると来世が幸せになると言われる。インドではベナレスで死に、遺灰をガンジス河(写真)に流すと、来世が幸せになるとされる。 六地蔵が墓地の入口に祀られるのは、亡くなられた人の来世の幸せを願うものであろう。

ガンジス川

 門を出ると、左隣に小さな「峯守稲荷神社」が建っている。 阿弥陀堂の鎮護神ではなく、地元の人々の信仰による神社である。 一の鳥居が直線的な神明系で、二の鳥居が反り上がった明神系(写真)。稲荷神社の鳥居は通常は神明系であるので、明神系の鳥居の神社を合祀したと思われる。 その二つの鳥居に「比留間熊次郎 元武蔵村山市議会議員 昭和五十四年」と刻まれている。 鳥居を奉納した土地の有力者であろうが、小さいけど立派な社殿(写真)もこの方の奉納であるのかも知れない。 但し肩書きは入れず名前に留めておくのが、奥ゆかしく思える。

峯守鳥居

峯守社殿

 この「狭山丘陵寺社めぐり」も、今回の「阿弥陀堂」で30社となった。ブログのテーマを決めた時は「狭山丘陵周辺の寺社は30社くらいだろう」と軽く考えていたので、ここで30社を超え愕然となる。30社に至るまで歩いたのは、狭山丘陵の寺社全体の20~30%程度かと思われる。すると紹介しなくてはいけない寺社は、全部で100社を越えそうな勢い。しかも我が家からの距離も、これからどんどん遠くになっていく。 と弱音を吐きそうになったが、それでもこの寺社めぐりは、私にとってはとてもよい勉強になるので、狭山丘陵の全寺社紹介を目指して頑張ることにしよう。今年のゴールは難しいが、来年中にはなんとか完結したいと、新たに決意した。
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