スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

狭山丘陵寺社めぐり 28 十二所神社  (武蔵村山市三ツ木)

狭山丘陵寺社めぐり 28 十二所神社

 前報の「滝の入不動尊」から丘陵沿いに西に向かうと「十二所神社」に着く。二つの石柱(写真)の向うに、丘陵に向って参道がある。 参道の左に「神社ラーメン 峰英軒」なるラーメン屋があるのが面白い。
十二所石柱

 参道を進むと二つの大きな燈籠(写真)が立っている。

十二所燈籠

 燈籠の向うに低い石段があり、平坦な参道に神明系の鳥居(写真)が立っている。

十二所鳥居

 鳥居の傍に説明版があり「主祭神名 天神七代地神五代之大神 祭神 大己貴命 加久津智命 素戔嗚尊」「由緒 当神社は天照大御神をはじめとする天神七代、地神五代からなる十二代の大神が祀られているところから十二所神社とよばれております。 三ツ木村の鎮守で、社伝では奈良時代の和銅年間(708~714)の創建と言われております。その頃鎮座地三ツ木は貢という文字で書かれ、貢物を調整して奉るという意味を表していました。同時に初穂を奉る式を当神社において行われるようになったと言われています。 明治三十九年に無格社の山王社愛宕神社、神明社を合祀しました。 その他境内地には八坂神社、疱瘡神神社等が鎮座しております。例大祭は十二所神社が四月八日、八坂神社が七月十五日となっております」と書かれている。
 天神七代とは、日本神話で天地開闢のときに生成した七代の神様の総称。男神七代、女神五代(五組の夫婦)で、1 国之常立神 2~6省略 7 伊弉諾命・伊弉冉命。 国之常立神は24報七所神社の祭神であったし、伊弉諾命・伊弉冉命は3報熊野神社の祭神として紹介した神様。 地神五代とは、天照大御神とその子孫四代の、神武天皇以前の皇祖五代。 私の拙い解釈では「天神七代は神の国・高天原で七代続いた神様で、地神五代は高天原から日本に降りて、皇室の祖となった五代続いた神様」ということになる。 いずれにしても神様の中でもトップクラスの神様が、この十二所神社に祀られていることが分った。 すると十二所神社と七所神社は、伊勢神宮・神明社(祭神、天照大御神)と同格以上の、格式高い神社ということになろうか。

 社殿に上る石段の下は「伊勢神宮参拝記念」の石碑、八つに取り囲まれている。この十二所神社が、伊勢神宮や神明社と深い関わりがあることが予想される。
 石段を上ると昭和30年建立の拝殿(写真)の前に出る。参拝するために拝殿に近寄ると、突然妙なるメロディが鳴り始めたのに驚く。境内社である八坂神社の傍に説明板があり「三ツ木天王様祇園囃子は、八坂神社の祭礼に奉納される音曲で、鳴り物には笛と太鼓が使われる。七節に分れた曲を、太鼓に合わせて繰り返しながら神輿とともに三ツ木地区を巡行する。 この祇園囃子は明治二十五年頃、峰の比留間幸次郎が浅草から金村某なる人物を招いて伝授されたと伝えられている」と書かれている。峰の比留間家は、前報長円寺の有力な檀家であった。
 
十二所社殿

 本殿の姿は確認しにくいが、屋根の上には「きっぱりと天を指す千木、棟の上に並ぶ太い堅魚木」があったので、まさに伊勢神宮や神明社と同じ造りである。鳥居も勿論神明系であったので、十二所神社は神明社と深い関係があることがうかがわれる。
 境内には神楽殿(写真)があり、第二次世界大戦以前は神楽が催されていたという。この寺社めぐりで多くの神社を訪ねたが、神楽殿を初めてみた。

十二所神楽

 境内社が二つあり、その一つが社殿の右にある、江戸時代からの歴史をもつ「八坂神社」(写真) 何度も紹介した素戔嗚尊を祀る「天王様」で、疫病退散を目的として祀られている。

十二所八坂

 もう一つの境内社が「疱瘡神社」(写真) この詳細がよく分からないらしい。 私の調べたところでは、疱瘡神社が二つある。一つは広島市にある平清盛に関わる神社。清盛と源義経の母、常盤御前の間に生まれた天女姫が、疱瘡を患い14歳で亡くなったのを祀った神社。もう一つは大国主命の国造りに協力した少彦名命を祀った神社で、都内の赤羽八幡神社の末社として存在する。少彦名命は日本の薬の祖・医薬の神とされる。 神社として有名なのは前者であるが、病気平癒を願う後者が、十二所神社にふさわしいように思う。
十二所疱瘡

 石段を下りたところに「神輿舎」(写真)がある。この神輿が例大祭のときに三ツ木を巡行するのだろう。
十二所神輿

 鳥居の傍に、小さな稲荷神社(写真)がある。これは十二所神社の鎮護神かと思ったが、どうやら個人がもつ祠のようである。

十二所稲荷

 十二所神社はかなりの大社であることが分った。三ツ木村の鎮守であるばかりでなく、鎌倉時代に境内に立っていた三本の大木に因んで、この地を貢から三ツ木と改めさせた影響力のある神社。明治時代には三ツ木の村社となっている。奈良時代の創建の歴史的価値と合わせて、武蔵村山市では第一等の神社であると思う。
 天神七代地神五代を合わせた十二代が、十二所の由来と知り、七所神社の謎が解けたように思う。天神七代の七代が、七所神社の名前の由来のようだ。天神七代の初代の国常立命が、七所神社の祭神なのも裏付けとなる。更に七所神社を「しちしょ神社」と発音するのは、天神七代を「天神しちだい」と発音するのと同じである。但しこれは私の推理であって、それを裏づける文書・証拠がないのが問題と結論しておく。



 
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

リンおじい

Author:リンおじい
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。