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狭山丘陵j寺社めぐり 12  八坂神社 (武蔵村山市中藤)

狭山丘陵寺社めぐり 12 八坂神社

今回の狭山丘陵寺社めぐりは「八坂神社」を取り上げる。 
 青梅街道の大橋バス停の近くに「大橋の地蔵尊」の祠(写真)があり「この地蔵尊は享保十三年(1728年)に中藤村の人々によって造立したものです。地蔵は現世と来世を結びつける仏として庶民にしたしまれてきましたが、この地蔵尊も土地の人々の信仰が篤く、無病息災や交通安全を祈ってお参りする人が大勢います」の説明版がある。 バスで通過する度に気にかかっていた地蔵尊であったので、今回参拝できてうれしい。

八坂大橋地蔵

地蔵尊から青梅方面に向かって歩くと、右手の参道に八坂神社の一の鳥居(写真)が見える。その近くに説明板があり「祭神 素盞鳴命(スサノオノミコト) 建立年代は不明ですが、境内に弘化二年(1845年)建立の常夜灯があります。また立皮(たてかわ)の桜と呼ばれる幹回り二メートルに及ぶ桜の名木があります」と書かれている。

八坂一鳥居

赤っぽい笠を持つ、歴史の重みのありそうな二の鳥居(写真)をくぐる。いずれも笠木の両端が上に反って曲線的なので明神系の鳥居。明神系の鳥居の代表的な神社が八坂神社と稲荷社といわれている。
八坂二鳥居

 次いで石段を上ると広い境内があり、その向うに建つのが八坂神社の拝殿(写真) 社殿は大きくないが、静寂な木立の中に建ちとても雰囲気のよい神社。4つの常夜灯があったが、弘化二年の常夜灯の確認を怠ったのが残念。

八坂拝殿

本殿(写真)は拝殿よりも小振りに出来ていた。

八坂本殿

八坂神社の総本社は京都市の八坂神社。八坂神社は祇園にあるので「祇園さま」、素盞鳴命は牛頭天王とも呼ばれるので「天王さま」と親しまれている。この神社は江戸時代には牛頭天王社と呼ばれていたようだ。 京都の八坂神社には既に参拝したように思うが、昔のことで神社の記憶は定かではない。 まだ現役だった頃、会社の新年の安全祈願を、東村山市の八坂神社で行っていた。西武線八坂駅の近くの神社だったので、八坂地区の氏神様かと思っていたけど、八坂神社に因んでこの地域を「八坂」と名付けたのだと、今にして思い当った。我が浅学を恥じるのみ。 
素盞鳴命を祭神とする八坂神社の仲間には、関東に多い氷川神社や中部地方に多い津島神社があり、これらを含めると八坂系神社の総数は2651社もあり、全国で6番目に多い神社である。 神徳は水難・火難・病難除去、五穀豊穣とされる。
素盞鳴命は天照大神の弟で、乱暴な神様として有名。それでも八岐大蛇退治で稲田姫を救い妻としている。私の趣味の寺社めぐり713社目が、島根県松江市の八重垣神社(写真)で、祭神の素盞鳴命と稲田姫を祀り「縁結びの神社」として有名。若い女性の参拝者が多かったのが思い出される。 私の出身の島根県の「石見神楽」では、素盞鳴命と八岐大蛇の豪快な大立ち回り(写真)が人気である。
八重垣神社024

石見神楽027

境内には二つの境内社(写真)があり、いずれにも狐の置物があるので稲荷神社と推定。境内社に稲荷神社が多いのは、五穀豊穣を祈る人々が多いためだろう。「古事記」では稲荷神社の祭神、倉稲魂命は素盞鳴命とオオイチヒメ命の間に生まれた子どもとされている。素盞鳴命には稲田姫という夫人がいながら、別の姫との付き合いがあるとは、神様の世界も人間社会とあまり変わらないようである。
八坂境内社

境内の「立皮の桜」(写真)が五分咲きで美しい。但し幹回り二メートルと書かれたような大木ではない。木の前には「立皮の桜」の看板があるから、桜の大木は昔の話で、今の桜はその子孫なのかも知れない。
「立皮とはどんな意味なのか?」と疑問を抱えたまま、桜花の美しい八坂神社を後にした。

八坂桜 
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