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ロシア旅行 7日目  サンクト・ペテルスブルグ

 ロシア旅行も最終日。再びサンクト・ペテルスブルグに戻り、最後の観光となる。

1 ピヨートル大帝の夏の宮殿  サンクト・ペテルスブルグ

 午前の観光は「ピョートル大帝の夏の宮殿」 ガイドの説明「サンクト・ペテルスブルグから30km離れた場所に、ピョートル大帝が1723年(日本では徳川吉宗の時代)に、夏を過ごす宮殿を建設した。200以上の噴水と庭園が有名な世界遺産の宮殿」 宮殿の中心に建つ「大宮殿」の前のテラスから、斜面に多くの噴水と池が見渡せる。ガイドの説明「このテラスを利用した噴水群は『大滝』と呼ばれ、斜面には37体の銅像と64の噴水がある。これから一斉に噴水が吹き上げるので、階段を下りながら見物しよう」 音楽と共に噴水が吹き上がり、見事な風景(写真)。斜面を利用しているので、とても見物しやすい。ローマの「トレビの泉」よりもはるかに大規模で、これまで私の見た噴水群では世界一の規模。

夏の宮殿1

噴水を見ながら階段を下りる。宮殿、噴水、池が立体的に配置され、見ごたえのある景色(写真)。

夏の宮殿2


2 エカテリーナ宮殿  サンクト・ペテルスブルグ

午後の観光は「エカテリーナ宮殿」 宮殿前の広場に立つと、金色と青と白が見事に調和したカラフルな宮殿がとても美しい(写真)。 

エカ宮殿1

ガイドの説明「この宮殿はピョートル大帝の妃、エカテリーナ1世のために1724年に建設され、次いで有名なエカテリーナ2世が改築した」 宮殿内部に入ると金色の彫刻と鏡が美しい大広間(写真)に出る。ガイドの説明「船が難破してロシア人に救助された大国屋光太夫が、1791年この部屋でエカテリーナ2世に拝謁し、日本への帰国の許可を得た。井上靖著『おろしあ国酔夢譚』にその情景が書かれている」

エカ宮殿広間

 宮殿内を見学すると壁一面が絵画で覆われた「絵画の間」古代ローマ風の浮き彫りと絵画の見事な「緑の食堂」プリントされた絹の布地で壁が覆われた「青の客間」など、贅を尽くした部屋が続く。そして最後が有名な「琥珀の間」(写真) 壁一面が琥珀のパネルで覆われた世界唯一の部屋。琥珀の産地がバルト海沿岸に多いとはいえ、これほど大量の琥珀が飾られているのは感動的。この部屋はロシアの宝である。第二次世界大戦時にナチス・ドイツ軍により、琥珀が全部持ち去られたが、新生ロシア政府が2003年に琥珀の間を再現させ、その9年後に我々が「琥珀の間」を見学できたことを感謝しなければならない。

ロシア琥珀間023
 
 宮殿の裏側を歩き、広い庭園の一部を見学。しかしこの宮殿のハイライトは、庭園よりも青色が映えるロシア・バロック様式の美しい建物(写真)である。

エカ宮殿2


3 ロシアの「光と陰」

 これでロシア観光を全て終えた。古都サンクト・ペテルスブルグの美しい建物は見ごたえがあった。これがロシアの「光」の部分。
 ロシアの「陰」の部分は治安問題。 観光初日に、私の目の前でツアー仲間が、若者4人に取り囲まれて、ポーチを強奪された。しばらくして奪われたポーチがバスに返却されたのが奇妙。ポーチ内の現金はなくなっていたが、カード類を含めて現金以外は無事だった。 共産主義時代には贅沢はできないけど、国民はなんとか生きて行けた。それが自由主義に変換した結果、能力の高い人は豊かになったが、能力の低い人は貧しくなり、国民に貧富の差が拡大した。能力の低い若者たちが犯罪に走ったため、大都市の治安は極端に 悪化。モスクワ、サンクト・ペテルスブルグは、世界で最も治安のよくない都市となってしまった。
 ある泥棒の証言「私は昼に盗みに入る。夜は盗んだ金を持って歩くのが怖いから」という社会になってしまった。 このジョークを紹介して、ロシア旅行の紹介を終える。
 

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