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ロシア旅行 5日目 スズダリ ウラジーミル

ロシア旅行5日目は、宿泊した古都スズダリの観光。次いで古都ウラジーミルを観光した後、首都モスクワに宿泊。

1 クレムリン観光 スズダリ
 
バスの中でガイドの説明「スズダリは12世紀にスズダリ公国の首都となり、15世紀から宗教の中心地として多くの教会が造られ、中世の雰囲気を残したロシアの田舎町として有名となり、世界遺産に登録された。町そのものが歴史博物館」 起伏のあるスズダリの町のあちこちに美しい教会が散在。これまでのロシアにはない牧歌的な風景。
スズダリ観光で最初に訪れたのが「クレムリン」(写真) ガイドの説明「クレムリンは要塞を意味する。ここは11世紀に造られた要塞跡で、今は聖堂、鐘楼、宮殿が建っている。

スズダリクレムリン

中心部に建つのが『ラジヂェストヴェンスキー聖堂』(写真)で、13世紀に建てられたスズダリで最も古い建築」 クレムリンというと、共産国時代のソ連でスターリンが君臨した厳つい建物の記憶が強いが、要塞の意味と知って成程と納得。昔のクレムリンは城壁で囲まれていたのだ。 長ったらしい名前の聖堂は、青い屋根が美しくロシアらしい建物。

スズダリラジ聖堂

古い城壁から出ると、川に木橋の架かかり、教会が散在するロシアの田舎風景(写真)。

スズダリ風景2

川向うの木造教会が絵になる景色。橋の上からの眺望は世界遺産に相応しい風景だった。 「木造教会」(写真)を見学。ノルウェーの木造スターブ教会のような豪壮さはないが、落ち着いた雰囲気のある教会で、今は「木造建築博物館」となっている。

スズダリ木造教会

2 ウスペンスキー大聖堂 ウラジーミル

 美しいロシアの田舎町スズダリ観光を終え、幹線道路をウラジーミルに向かって走る。30分も走ると古都ウラジーミルに到着。 ガイドの説明「ウラジーミルは1108年、ウラジーミル・モノマフ公が要塞を築いたのが始まり。1169年(日本は平清盛の時代)ウラジミール・スズダリ公国の首都となり、今に残る白石(石灰岩)の建築群が建設された。しかし1238年、モンゴル軍により町は破壊され、それ以降は新興のモスクワに政治の支配権が移った。町の人口は35万人」
バスを降りた近くの道路上に建つのが「黄金の門」(写真) ガイドの説明「これは古都キエフの黄金の門を模して、12世紀半ばに造られた城門。今もメインストリートを見下ろすように建ち、ウラジーミルの町の象徴的存在。かって町を取り囲んでいた城壁には7つの門があったが、現在残っているのはこの黄金の門だけ。門の上部には教会が造られていたが、現在は戦争の歴史に関する展示室。1238年にモンゴル軍の攻撃を受けるウラジーミルを再現したジオラマが、展示室にある」 ベルリンのメインストリートに建つブランデンブルグ門と似た位置づけのような門。私にはそんなに存在感があるとは思えない。しかしモンゴル軍に対するロシア人の恨みは、中国人や韓国人の日本軍に対する恨みに通じているように思えた。ロシア人のナポレオン軍やナチス軍に対する恨みよりも、モンゴル軍に何百年も支配された恨みの方が大きいように思った。

スズダリ黄金門

 バスで少し走り下車したのが「ウスペンスキー大聖堂」(写真) 芝生の丘の上に5つの黄金の丸屋根を輝かせた、威風堂々とした教会。 ガイドの説明「1158年に建設が始められ、14世紀まではロシアの大聖堂の最高位にあった歴史的な教会。建材は白石(石灰石)が使われ、この教会の姿がその後のロシアの教会の原型となった」 大聖堂の内部には有名なフレスコ画やイコンがあるらしいが、入場はなし。
スズダリウスペン

 次に見えたのが白亜の「ドミトリエフスキー聖堂」(写真) ガイドの説明「この聖堂で有名なのは、外壁一面に施された浮き彫り。加工しやすい白石(石灰岩)の外壁には、聖人、英雄、動植物が描かれ『石の詩』と呼ばれている」 

スズダリドミトリ

 これでモスクワ周辺の古都観光を終え、バスでモスクワに向う。
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