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狭山丘陵寺社めぐり 104 正智庵  (所沢市上山口)

狭山丘陵寺社めぐり 104 正智庵  (所沢市上山口)

 西武球場前の北野天神通りを北に向い、高橋交差点を右折して県道55号線を東に進むと「正智庵」がある(写真の赤〇、緑〇は既に参拝した観音札所)。 なかなか見つけ難いので、通りがかりの老婦人に正智院の場所を尋ねると、親切に道案内してくれた後「なんであんな小さな祠の名前を知っているの?」と逆質問されてしまった。

正智庵地図146

 椿峰丘陵への狭い参道を上ると、満開の百日紅(さるすべり)の大木の幹に「狭山観音霊場第四番 正智庵 本尊 十二面観音」の案内板が取り付けてある(写真)。

正智庵入口

 広い境内の真ん中に、小振りな正智庵(写真)がポツンと建っていて、先の老婦人の疑問もさぞかしと思わせる。
正智庵

 狭い庵の中に石像が三つ並び(写真)、真ん中が本尊の十一面観音で、明治十二年の造立という。 左が貞享三年(1686)造立の聖観音で、右が延宝六年(1678)造立の地蔵菩薩である。 左右の石像が300年以上の歴史を有するのに比べると、本尊の造立が比較的新しいのが気にかかるが、理由は不明。 こんな不用心な場所に大切な石像を置くと、盗難の心配をするのは、私の心の狭量なせいかな。 なお十一面観音像については「83報、宝玉院」で詳細に紹介している。

正智庵本尊

 正智院は、僧白瑛が宝暦七年(1757)に創建したという、臨済宗妙心寺派の寺院で、これから訪れる予定の勝光寺が管理している。 この狭山丘陵寺社めぐりでは、臨済宗の寺院は8番目となるが、ほとんどが建長寺派の寺院であった。妙心寺派の寺院は無量寺(88報)に次いで2番めとなる。 建長寺派の寺院はいずれも堂々たる大寺であったが、妙心寺派の2寺がいずれも寂寞としているのが気にかかる。 臨済宗妙心寺派は京都の妙心寺を本山とする、臨済宗では最大の宗派である。しかしここ狭山丘陵では、鎌倉五山の第一位である建長寺派の方が、勢力がより浸透していることが分る。
 
狭山観音霊場の中では、もっとも小さな正智庵であるが、狭山観音霊場が開かれた天明八年(1788)は、正智庵創建の31年後にあたる。狭山観音霊場三十三ヶ所に選ばれた当時の正智庵は、立派な堂宇であったと信じながら正智庵を後にした。
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