FC2ブログ

狭山丘陵寺社めぐり 100 峰薬師  (所沢市山口)

狭山丘陵寺社めぐり 100 峰薬師

 ブログを教わり、昨年1月24日に「狭山丘陵寺社めぐり 1 雲性寺」を発信して以来1年半、ついにこのシリーズで100報の大台に到達した。最初にテーマを設定した時「狭山丘陵に寺社は50くらいだろう」と楽観していたのが間違いだった。これから所沢市、東村山市、そして地元の東大和市の寺社を訪ねるとすると、更に50社以上を訪れなければならない。寺社めぐりの締めくくりとなるであろう、地元の「狭山神社」のブログ発信が何時になるのか。その達成を楽しみに、寺社めぐりを続けていきたいものである。
 前報の「諏訪神社」から、椿峰丘陵の頂上に向かって上って行く。この急峻な丘陵の上に、大マンション群があるのには何時も驚かされる。このマンションの住人は車での移動を前提にしているかのようで、私のように自転車を押して歩くには息切れすること甚だしい。 その椿峰丘陵の頂上(写真、赤〇)に、真言宗「峰薬師」(写真)の小堂が建っている。

峰薬師地図139

峰薬師本堂

 堂内には本尊の薬師如来座像(写真)が安置されている。

峰薬師内部

 5年前に案内して頂いたブロ友様の資料には「峰薬師は、三光院(東大和市)にあった古鐘を所蔵していたことがあり、東大和市域の村人達とも関係の深かった薬師です。狭山之栞は『椿峰にあり。本尊薬師如来は石仏の座像にて長一尺許り、ならびに十王十二神を安置す。この薬師は東方薬師瑠璃光如来にして、昔堂建替の時、甕等古物種々掘出したる事ありと云ひ伝ふ』と記し、さらに三光院の記録で「安永九年(1780)九月、古鐘は峯薬師へ売渡し」とあります。その鐘は永禄三年(1560)三月につくったものを、正徳二年(1712)に鋳替したもので、現存すれば戦国時代の貴重な証言をするものであろうと残念です」と記されている。
 小堂内の古い石仏が、そんなに有難い薬師如来像とはとても信じられない程である。  三光院は多摩湖の湖底にあった真言宗豊山派の寺院。大正十二年に村山貯水池造成に伴い、東大和市清水に移転した寺院であり、これから訪れる予定の寺院である。多摩湖からこの椿峰までは距離にして1.5 kmくらい。鐘の売買があってもおかしくない距離である。 十王十二神の内、十王は六道の入り口で亡くなった人間の行為をチェックし、次の生まれ変わり先を決める裁判官。十二神は、薬師十二神将とも呼ばれる薬師如来の配下で、薬師如来の12の大願を成就するために活躍する神様。今はお目にかかれないのが残念である。

 この墓地にも古い石仏が沢山見られる。石仏に造詣の深い人には興味深い墓地であろう。石仏の中から私の選んだ五像(写真)と三像(写真)を紹介する。石仏を識別できると、この寺社めぐりは更に有意義になるのであるが、私には三像の右が如意輪観音菩薩像と分るのが精一杯。貴重な宝物を目前にして「猫の小判」では如何なものかと、石仏に出会う度に反省させられるのである。
峰薬師石仏1

峰薬師石仏2
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

100回に!

 遂に100回、なかなか出来るものではない貴重な記録です。もう少しで次の峰、楽しみにしています。
 打ち上げは、個人的な電子出版としませんか!!
 野火止用水
プロフィール

リンおじい

Author:リンおじい
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR