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狭山丘陵寺社めぐり 86 金乗院  (所沢市上山口)

狭山丘陵寺社めぐり 86 金乗院  

 「狭山観音霊場めぐり」の第1番札所である「金乗院」(写真の赤〇 緑〇はこれまでに訪ねた札所)別名「山口観音」を訪れた。

金乗院地図134

 「狭山観音霊場めぐり」を我が家に近い第18番札所「雲性寺」からスタートしたため、第33番札所「妙善院」で半端な結願(三十三霊場の最後の寺院に参拝)となってしまった。これから発願寺(第1番札所)となる「金乗院」から第17番札所「霊性庵」に向って、霊場めぐりを再スタートすることになる。
 西武線「西武球場前駅」に近い金乗院に向かうと、「吾庵山」の額が架かる主塗りの「仁王門」(写真)が建っている。その左に「千年の古刹 真言宗 豊山派 山口観音 金乗院」の看板がある。 門前の大きな石燈籠は、昔、増上寺にあったのを、西武鉄道がこの地に運んだ物。

金乗院仁王門

 仁王門をくぐると、左に手水舎(写真)、右に義貞霊馬堂(写真)が建っている。手水舎の水は霊水で「弘法大師が護摩修行の御水を汲み上げた」尊い水であると説明されている。[弘仁年間、弘法大師が湯殿山に旅された時、当山の草堂で修行され、草堂の傍らより霊水が湧き出した] [ ]内は、所沢市ふるさと研究室資料「金乗院」を参考にして、私が説明のため付け加えた文章で、以下の[ ]内も同様である。 義貞霊馬堂には小型の白馬像があり、これは新田義貞が鎌倉攻めの時の愛馬に係わるものであろう。

金乗院手水舎

金乗院霊馬堂 

 本堂前には「新田義貞公鎌倉攻めの際の『誓の桜』(写真)」もあり、新田義貞の鎌倉攻略の背景に、金乗院が大きな係わりを持っていたようである。[元弘三年、新田義貞が挙兵し北条軍と府中分倍河原で戦い、敗北して久米川に退却し、当山東ケ峰へ陣営を構え、本尊に朝敵退治の願を掛け、関戸の戦いに臨み勝利したので誓の桜という]

金乗院義貞桜

 「本堂」は前から見る(写真)よりも、横から見る(写真)方が、規模の大きさがよく分る。

金乗院本堂

金乗院本堂2

 インターネットのウィキペディアには「金乗院(こんじょういん)は、埼玉県所沢市にある寺院である。真言宗豊山派に属し、山号は吾庵山、寺号は放光寺。本尊は千手観音で山口観音とも称される。 この寺は、古くから観音信仰の霊場として知られ、観音像や観音堂は寺伝によれば奈良時代の僧・行基によって弘仁年間(810―24)に開かれたと伝えられ、この寺はその別当寺であった。 鎌倉時代末期、新田義貞が鎌倉を攻めた際には、この寺に祈願したという」と記されている。 狭山丘陵寺社めぐりで、何度目かの高僧・行基の登場である。行基は東国には来なかったという説が有力であるが、高尾山薬王院を始めとして、この東国には行基開山などの行基の足跡を伝える寺院が多い。その数、埼玉県内に25寺院、東京都内に29寺院、神奈川県内に46寺院、千葉県内に28寺院も存在する。東国における行基信仰の根強さは驚くべきものがある。
 本堂の真後ろに「裏観音様」(写真)が祀られていて、案内板には「裏観音の由来 当山の本尊様・千手観音は、今から千二百年程前に行基大士の彫物と伝えられ、秘仏として何時も宮殿の中に祀られており、そのお姿は三十三年毎のお開帳の時以外は拝む事が出来ません。[聖武天皇の勅願により、行基大士が東国に向った時、杖を此の地に停め、本尊を手彫りした] そこで今から八、九百年程前(藤原時代)に本尊様と同じ形の千手観音を刻み、後側にお祀りしたのが此の裏観音です」と記されている。 行基の開山と行基の彫刻が揃っている寺院は初めてで、金乗院は東国では屈指の行基寺院と言えよう。

金乗院裏観音

 千手観音菩薩は、頭上に十一面の顔と多くの手(実際には四十二本の手)を持つ仏像(写真、京都にある千手観音菩薩像)。仏教では「千」は無限を表し、千の手で一時に多くの人々を救うという。 この狭山三十三観音霊場めぐりの本尊で、千手観音は六寺もあり、聖観音に次ぐ数の多さを誇っている。三十三の姿に変化する観音菩薩像の中でも、千手観音の複雑な形状が人々に好まれているように思われる。

千手観音135

 本堂の軒先に吊るされているのが「朝鮮式銅鐘」(写真)。案内板には「この鐘は伝説によると霊亀二年(716)に高麗王の王辰爾が武蔵国に移住してきたときに自国から持参したもの。あるいは、大鐘(現在の大字上山口の一部)の地より掘り返したものといわれています。しかし作風からみると江戸時代の中期の鋳造と考えられます」と記されている。 これは行基の寺院らしく「高麗鐘」としておく方が、歴史ロマンを湧き立たせるように思う。

金乗院高麗鐘

 本堂の左脇に座すのが「おびんづるさま」(写真)。武蔵野の寺院でよく見かけるのであるが、この寺社めぐりでは初の登場である。 おびんづるさまは釈迦の弟子の一人、ヒンドラ・バラダージャのことで、賓頭廬(びんづる)尊者と呼ばれた。彼の説法が他の異論反論を許さず、ライオンのようであったため獅子吼第一といわれる。 日本ではこの像を撫でると除病の功徳があるとされ、なで仏の風習が広がった。

金乗院おびんずる

 金乗院は狭山丘陵の中でも最大級の寺院であるため、今日は本堂までの紹介とし、境内にある諸堂などについては、次報で紹介する。
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いよいよ一番ですね

 ずっと拝見してきて、精力的な取り組みに、感激です。続きを楽しみにしています。  野火止用水
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