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狭山丘陵寺社めぐり 84 三ヶ島稲荷神社  (所沢市三ヶ島)

狭山丘陵寺社めぐり 84 三ヶ島稲荷神社

 国道179号線「所沢青梅線」の「大日堂バス停」の近くに「三ヶ島稲荷神社」がある。入口には稲荷神社らしい赤い鳥居(写真)が立っている。

稲荷神社鳥居

 鳥居をくぐると、参道は左に曲がる。参道の奥に「拝殿」(写真)が建っている。拝殿は南向きであるが、鳥居は西向きとなり、鳥居の向きはあまりよい方角とはいえないように思う。これは社地に制限のある、近年に建った神社であることが予想される。

稲荷神社拝殿

 拝殿の横から本殿(写真)が見え、拝殿と本殿はほぼ一体化した構造の神社である。

稲荷神社本殿

 案内板には「三ヶ島稲荷神社 祭神 倉稲之御魂神  由緒 安永四年(1775)京都伏見稲荷大社から御神霊拝受  沿革 当神社は三ヶ島新井家の遠い祖先が、宝玉院の南隣に家の屋敷神として祀ったものと伝えられている。 その後宝栄六年(1710)に宝玉院に納められる。この頃より当地域の鎮守として信仰されるようになった。 明治八年、神仏分離令により宝玉院隣地から現早稲田大学校地内に移転遷宮した。 昭和二十六年、守谷家より元山林が奉納され、現在地に移転遷宮した。 昭和六十一年、湯殿神社の跡地を譲り受け境内の拡張整備をした」と記されている。 前報の宝玉院の山号である「稲荷山」は、隣に建っていた稲荷神社に依ることが判明。 宝栄年間は、宝永年間の誤りと思われるが、立派な掲示板であるだけに、誤りではなく「宝栄」とわざと主張しているように思われる。 倉稲之御魂神はいわゆる稲荷神のことで、狭山丘陵の神社の祭神として多い素戔嗚尊の子供である。

 境内に、しめ縄をした大事にされている祠(写真)があるが、名前が分らないのが惜しい。

稲荷神社祠

 本殿の裏に「地蔵尊」(写真)が祀られている。赤い頭巾と着物は、このお地蔵様も大切に扱われていることが分る。
稲荷神社地蔵

 鳥居の近くに「大日堂 湯殿神社 跡地」の石碑(写真)がある。

稲荷神社跡地

 最寄りのバス停が「大日堂」と名付けられていることから、つい最近まで大日如来を祀る「大日堂」があった場所であることが分る。大日如来は、狭山丘陵に多い真言宗信仰のご本尊であり、この辺りに大日堂が建っていた背景がよく分る。 
 この地に湯殿神社が建っていたことが分り、納得したことがある。「70報、三ヶ島八幡神社」の境内社に「湯殿神社」があったので、何故この地に湯殿神社があるのか疑問を残していたのだった。 ここで湯殿神社跡地を見つけて、三ヶ島八幡神社の境内社の謎が解けた。 湯殿神社は修験に係わる神社であり、祭神の大山祇神からは山の神信仰も考えられる。
 この三ヶ島稲荷神社をもって、狭山丘陵南麓、西麓、北麓の寺社めぐりを終え、これからは狭山丘陵内部の山口観音から再スタートして、所沢市、東村山市、東大和市と狭山丘陵東側の寺社めぐりにチャレンジすることになる。
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