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狭山丘陵寺社めぐり 82 慈眼庵  (所沢市三ヶ島)

狭山丘陵寺社めぐり 82 慈眼庵  (所沢市三ヶ島)

 前報の「妙善院」から西南に500 m離れた観音札所「慈眼庵」(写真、赤〇 緑〇はこれまでにめぐった観音札所)に着く。

慈眼庵地図130

人家より離れた丘の斜面に入口があり、説明板に「狭山観音霊場第三十二番 慈眼庵 本尊聖観音」と記されている。門のない入口から、境内の全景(写真)が見渡せる小庵である。

慈眼庵全景

 入口から斜面を上ると、丘の上に「庵」と呼ぶにふさわしい小堂(写真)が建っている。 堂内には二つの仏像(写真)が見え、左の小像が本尊の「聖観音」と思われる。

慈眼庵本堂

慈眼庵聖観音

 慈眼庵は曹洞宗の無住寺であり、同じ宗派の妙善院が管理しているようである。
 本尊の聖観音は、三十三の姿に変化して人々を苦難から救うとされる観音菩薩の、基本となる姿で正観音とも呼ばれる。この狭山三十三観音めぐりは、当然ながら三十三寺の本尊である観音菩薩をめぐるのであるが、その本尊・観音菩薩の内訳は
  聖(正)観音    15
  千手観音    6
  十一面観音   5
  如意輪観音   3
  白衣観音     3
  馬頭観音     1
となり、矢張り聖(正)観音が最も多い。私の好みの如意輪観音は少数派のようである。あの恐ろしい形相の馬頭観音を本尊とする寺院(68報、聴松軒)があるのは興味深い。 更に狭山丘陵周辺の三十三観音を選んだのは、観音菩薩の姿が三十三に変化することに因んでいることに気付いた。気付くのが遅きに失したが、私の学習能力からしては大変な成果である。
 お墓に囲まれた本堂周辺に、古い石像(写真)があったので紹介する。なにか哀愁の漂う石像で、どのような経緯でここに置かれたのか興味深い。 左の石像は、頭が傾いているので、私の好みの如意輪観音かと思われる。

慈眼庵石像2

 狭山三十三観音霊場めぐりのおこりは、天明八年(1788)に金乗院(山口観音)の亮盛和尚と妙善院の卍杲和尚によって開かれたと伝わっている。従って、第1番の発願寺が金乗院で、第33番の結願寺が妙善院となっている。 江戸時代に伊勢詣で富士詣でのできなかった人々には、この狭山観音詣でが楽しみであったに違いない。発願寺から物見遊山しながら何日かかけてこの庵に着くと、次は結願寺を迎えることになる。巡礼する人のほっとした気分と、楽しみの終わりの寂しい気分の両方が感じとれるのである。
 
 
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