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寺社めぐり 24 米沢市

寺社めぐり 24 米沢市

 新潟市から新発田市を経由して米沢市に入り、上杉家の城下町の寺社めぐりを行った。 10年間の新潟市勤務中に、米沢市は何度も訪れたことがある。特に息子のお嫁さんが米沢市在住であったので、結婚式前後に何度も新潟市から往復した。一人娘だったお嫁さんの両親が既に他界しており、そのお墓参りも米沢行きの大きな理由であった。

1 上杉神社

 米沢市の中心、松が岬公園(米沢城祉)の中に「上杉神社」は建っている。 大きな鳥居(写真)の向こうには楼門が見られる。

米沢上杉神社鳥居

 楼門をくぐると、上杉神社の拝殿(写真)に出る。予想したよりも質素な社殿は、越後から会津を経て米沢に移封された当時の、上杉家の台所の苦しさが偲ばれる。上杉家二代目景勝が徳川家康に刃向ったため、会津120万石を米沢30万石に減封されたのである。

米沢上杉神社

 上杉神社の祭神は、越後春日山城主であった上杉謙信公。越後で亡くなった上杉謙信の遺骸と祠堂は、上杉景勝により会津を経て、慶長六年(1601)に米沢城内に遷された。 明治入ると謙信の遺骸は上杉家廟所に移され、祠堂は「上杉神社」となった。 大正八年の大火で社殿は焼失し、現在の社殿が再建されている。

 境内には三つの摂社がある。 松が岬公園内に建つのが「松岬神社」(写真)。上杉謙信の祠堂に合祀されていた米沢藩中興の祖・上杉鷹山が、明治35年に摂社「松岬神社」を創建し遷された。次いで大正12年に米沢藩二代上杉景勝を合祀。更に昭和13年に景勝の家老である直江兼続、鷹山の師・細井平洲、鷹山の下で活躍した竹俣当綱・荏戸善政を、松岬神社に合祀した。 上杉鷹山は日向高鍋藩主・秋月家の次男に生まれ、10歳で米沢藩主の養子となり、米沢藩第九代藩主となった。20万両の借金で破産寸前の米沢藩を、産業奨励などで財政を立て直した名君である。
米沢松岬神社

 上杉神社の左後方に建つ小社が、摂社「春日神社」(写真)。「上杉氏祖神」の立札を見て、新潟県上越市の上杉謙信の居城を「春日山城」と呼ぶ意味を初めて納得。上杉家には奈良の春日大社信仰があったのだ。春日大神は、武神・武みか槌神(鹿島神宮の祭神)と武神・経津主神(香取神宮の祭神)であり、生涯の戦で負けを知らなかった上杉謙信が信仰する神様に相応しいことを理解した。
米沢上杉神社春日

  2 上杉家廟所

 上杉神社の北、1 km離れた場所に、高い木立に囲まれた「上杉家廟所」がある。 質実剛健で格式高そうな門(写真)から入場。門に彫られた二つの丸い紋は「竹に雀」の上杉家紋である。

米沢廟所門

 廟所の中央が、初代藩主「上杉謙信公廟」(写真)である。

米沢上杉廟所

 謙信公廟の左に二代景勝公廟、右に三代定勝公廟が並び、偶数代公廟は左に、奇数代公廟は右に整然と並んでいる姿は壮観である。写真は十代鷹山公廟から右に向けて撮ったもの。これまで訪れた大名家廟所としては最高レベルで、台所事情が苦しかった米沢藩であっても、藩主を尊ぶ気概が感じられる。

米沢上杉廟所2

 上杉家廟所の前に建つのが、上杉家の菩提寺である「法音寺」(写真)。本堂前の幕に上杉家の家紋「竹に雀」が見える。真言宗豊山派の寺院で、山号は八海山。本尊は大日如来。

米沢法音寺

 法音寺の歴史は、天平九年(737)越後、八海山の麓の地に、聖武天皇の勅命により創建される。天正年間、上杉謙信の祈願寺となり春日山に移される。その後上杉家の米沢移封に伴い米沢城内(上杉神社内)に建立され、明治三年、神仏分離令により、上杉家廟所のある現在の地に移転した。
 実は息子のお嫁さんの両親の墓が、この法音寺にある。従って、この法音寺で行われたご両親の葬儀に参列している。久しぶりにご両親の墓に花を供えて、ご冥福をお祈りできた。

3 林泉寺

上杉家廟所の北、1 kmに、上杉家の菩提寺で夫人たちの墓所がある「林泉寺」(写真)が建っている。
米沢林泉寺

 林泉寺は、上杉家の本拠地であった越後の春日山城(現在の新潟県上越市)の山麓に建立されていたのを、米沢市に移転したもの。現在も上越市には、元の林泉寺が残っている。山号は春日山で曹洞宗の寺院。
 境内には、柵に囲まれた上杉藩主の正室や子女の墓(写真)が安置されている。藩主たちは1 km離れた上杉家廟所に安置されているので、夫婦が離れ離れに葬られるとは、藩主たる地位の厳しさを思い知らされる。

米沢林泉寺墓

 本堂の近くに、上杉景勝の名家老であった直江兼続夫妻の墓(写真)がある。これは夫婦睦まじく墓石が並んでいるのに安堵させられる。NHKの大河ドラマで紹介されたように、関ヶ原の戦いの前に徳川家康に送りつけた「直江状」が有名。徳川家康の所行を痛快に非難したおかげで、結果的に上杉家は会津120万石から米沢30万石に大減俸されてしまった。
 
米沢林泉寺兼続

4 笹野観音堂

米沢市の北の山麓、笹野地区に建つのが「笹野観音堂」(写真)。真言宗豊山派の寺院で、本尊は千手観音である。
米沢笹野本堂
 
 坂上田村麻呂が建立した観音堂を、後の弘仁元年(810)、現在の地に移ったと伝えられる。直江兼続の支援があったとも伝わる。 現在の堂は天保十四年(1843)に再建されたもの。奇妙な曲線の大きな茅葺の屋根や精巧な彫刻(写真)が特徴的である。

米沢笹野本堂2

 米沢駅前でレンタサイクルし、米沢市内を自転車で走り回った。後期高齢者の観光方法としては如何なものかと思われるが、おかげで米沢の市街を熟知できたのが収穫。城下町の寺社めぐりはいつも期待通り楽しいものである。
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