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狭山丘陵寺社めぐり 78 松林寺  (所沢市林)

狭山丘陵寺社めぐり 78 松林寺  (所沢市林)

 前報「林神社」を出て、林川沿いに東に向かうと「松林寺」に着く。松林寺は「狭山観音霊場めぐり第30番札所」であり、添付した地図(写真)の赤○で示す。なお青○は、これまでにめぐった狭山観音霊場で、松林寺は最北の霊場であることが分る。

松林寺地図128

形の良い「山門」(写真)から、本堂に向かう長い参道が延びている。

松林寺山門

 参道の途中に、巨大な一対の仁王像(写真)が立って、悪者を境内に入れないように守護している。 
松林寺力士像

 更に、参道には4基の燈籠(写真)が立っている。この燈籠は江戸時代から芝の増上寺に立っていたのを、戦後西武鉄道が買い取り、現西武ドームの地に並べてあった。西武ドーム球場の建設が決まると、沢山並べてあった燈籠を処分することになり、埼玉県内の多くの寺院に引き取られて行ったという、いわくつきの燈籠である。

松林寺燈籠

 大きな本堂(写真)が建っている。本堂前の4頭のライオン像は、インドの「サルナート考古学博物館」に展示してあったライオン像のレプリカで、ライオン像はインドの国章にもなっている。サルナートは釈迦が初めて説法をした仏教の聖地で、7年前にインドを訪れた時に、このライオン像を見学したことがある。

松林寺本堂

 案内板には「松林寺 曹洞宗(禅宗) 本尊 釈迦三尊像(釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩) 大本山 福井県永平寺 御開山 高祖道元禅師 大本山 横浜市総持寺 御開山 太祖瑩山禅師  伝統 お釈迦さまの正統の仏法は、達磨大師によって中国へ伝えられ、曹洞の禅風として開花し、鎌倉時代道元禅師のお伝えにより日本開宗となす。その教義は瑩山禅師によって広く全土に実践教化され今日に至る」と記されている。
 所沢市ふるさと研究室資料には「由緒 寛永年間入間郡上安松村(現所沢市)長源寺開祖徳英之法子・寒龍が創立して開祖である。寒龍は承応二年(1653)入寂した証が現存する」と記され、松林寺の本寺は長源寺であるという。
 以上のことから、本尊・釈迦如来の聖地・サルナートのライオン像が、本堂前に配置されている理由が分った。 更に、この林地区の開発に伴い、所沢市下安松地区の長源寺の息子が、長源寺から8 kmも離れたこの地に松林寺を開山したことも分った。
 釈迦三尊像は中国の唐時代に流行したもので、釈迦如来の両側に智慧をつかさどる文殊菩薩と、修行者を守護する普賢菩薩が脇侍する形式となっている。

 本堂の内陣(写真)の仏壇に、文殊・普賢菩薩を左右に配した釈迦三尊が安置されているとされるが、見つけることができなかった。

松林寺内部

 境内の真ん中に建つのが、六角堂とも呼ばれる「薬師堂」(写真)。堂内の仏壇の上にあるのが小さな薬師如来(写真)。病気を治す功徳のある仏である。

松林寺薬師堂

松林寺薬師内部

 「閻魔堂」には、地獄の主である恐い閻魔像(写真)が鎮座している。地獄に落ちた人の生前の罪を裁くと言われ、罪深い私には恐怖の仏様なのである。

松林寺閻魔像

 境内には鐘楼(写真)があり、大きな観世音菩薩立像(写真)や五輪塔があり、とても裕福な寺院であるように思われる。

松林寺鐘楼

松林寺観世音像

 前報の「林神社」が、武蔵野の森林の中に建てられたように、この「松林寺」も武蔵野の松林の中に建てられた寺院であることが推定される。今は一面の畑が広がり、郊外住宅地に変わってしまい、「林地区」の武蔵野の面影はなくなってしまっている。
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いよいよ佳境に!!

 ここに、どうしてこんなに大きなお寺がと、たたずまいに驚かれたと思います。しかも、安松の長源寺は大石氏と関係のある寺、中世の謎解きを迫ります。それが、なぜ入間に、と謎は深まるばかりです。
 次は北野に向かうのでしょうか、三ヶ島でしょうか、楽しみです。
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