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狭山丘陵寺社めぐり 75 長福寺  (入間市二本木)

狭山丘陵寺社めぐり 75 長福寺

 前報「寿昌寺(上の寺)」から200 m東北に建つのが「長福寺(下の寺)」である。入口の「不儘山長福寺」と彫られた白い石柱(写真)から、長い参道に入る。

長福寺入口

 六地蔵の立ち並ぶ「山門」(写真)は、鎌倉の武家屋敷の門を思わせるような造り。

長福寺山門

 本堂(写真)は大きくて重厚な造りである。

長福寺本堂

 本堂の内部(写真)は金色に輝き、とても美しい。

長福寺内陣

 入間市博物館資料には「長福寺は臨済宗建長寺派に属し多摩郡柴沢村普済寺末。本尊は釈迦如来である。初代桃源宗悟禅師が開山、永徳二年(1382)入寂。 この長福寺はもと宮寺郷坊村にあったものを、八世関宗玄悦禅師が寛文九年(1669)に現在の地に移転したもので、今から六百年前に建立された古い寺である。 保存されている延享年間(1744~47)の過去帳を見ると坊村、西坊村に多数の檀家があり、西坊村は現在の元狭山坊と考えられ、中心は宮寺の坊にあったようである。宮寺出雲祝神社を一番地として振り出した地番は二本木に二千八百番代、高根に三千番代がある。これは新開地に寺を建立すると同時に住民移住したものと考えられる」と記されている。
 先ず、多摩郡柴沢村普済寺は立川市の普済寺と考えられ、長福寺の本寺に当る。 この長福寺はもともと狭山丘陵の出雲祝神社近くに建っていたのだが、二本木地区の開墾が進み、丘陵に住んでいた人々が二本木地区に移住してきた時に、長福寺も人々と一緒に移転したことが分る。我が東大和市においても、狭山丘陵に住んでいた人々が、立川市方面に移住して行ったのと同じ歴史なのである。

 境内には、毎朝5時に鐘が鳴らされる鐘楼(写真)があり、不動尊堂(写真)が建っている。但し堂内には像が安置されていなかった。

長福寺鐘楼

長福寺不動堂

 境内の明治三十年に造られた「百体地蔵尊」(写真)は圧巻である。四角な柵を背にして並べられた百体の地蔵尊像はとても美しい。

長福寺百体地蔵尊
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