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狭山丘陵寺社めぐり 74 寿昌寺  (入間市二本木)

狭山丘陵寺社めぐり 74 寿昌寺

 狭山観音霊場めぐり地図(写真)のもっとも西北に当る札所が「寿昌寺」で、赤○で示す。緑○は、これまでに参拝してきた札所。

寿昌寺地図127

 入口の白い石柱(写真)から境内に入る。

寿昌寺入口

 大きな堂々とした本堂(写真)である。

寿昌寺本堂

 入間市博物館の資料には「鶴園山寿昌寺 臨済宗建長寺派 本寺 建長寺 開基 蔵海性珍禅師  鶴園山寿昌寺は応永年間(足利時代前期)の建立で、初代蔵海性珍禅師大和尚が開山した。同僧は応永十六年(1409)入寂し、以降十五世に至っているが、現住職は長福寺渡辺和尚が兼務している。 本尊は釈迦如来で、俗に長福時は二本木下の寺といい、この寺は上の寺と呼ばれている」と記されている。 これから訪れる予定の長福寺とは同じ宗派であるので、長福寺住職が兼務しているのを理解した。更に近くを流れる不老川の流れは、寿昌寺が上流にあたるので「上の寺」と呼ばれることも理解した。

 境内に、すごく形のよい「観音堂」(写真)があり「狭山観音霊場めぐり27番札所 本尊正観音 室町時代作 文政五年(1886)造の根本山薬師堂を、昭和五十八年移築」と書かれた案内板が立っている。堂内を覗いたが、正観音像は見当たらなかった。

寿昌寺観音堂

 境内の鐘楼(写真)の鐘は、昔から美しい、いい音がする。鐘の中に金が入っているからだ、と評判があったが、第二次世界大戦に供出したという。今の鐘は、下の寺と同じく京都で鋳造されたものである。 鐘楼の前には、交通事故で亡くなった夫を供養した「交通安全地蔵尊」が、六地蔵と並んで立っている。

寿昌寺鐘楼

 境内には「閻魔堂」(写真)があり、格子の中から怖そうな石造の閻魔大王像(写真)が睨みつけている。この閻魔大王像は享保十五年(1730)廃寺となった浄珍寺にあったものを、移し替えたという。 閻魔は地獄、冥界の主であるが、おだやかな表情の地蔵菩薩の化身でもある。

寿昌寺閻魔堂

寿昌寺閻魔大王

 入口の近くに4体の「馬頭観音」が祀られている。いずれもこの二本木地区に立っていたものを、この場所に集めたものであろう。
 
寿昌寺馬頭観音
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