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狭山丘陵寺社めぐり 73 二本木神社  (入間市二本木)

狭山丘陵寺社めぐり 73 二本木神社

 二本木神社は狭山丘陵から1 kmも離れていて、狭山丘陵の寺社とは言い難いけれど、入間市二本木地区の狭山観音霊場を訪ねるついでに足を延ばしてみた。 前報の「元狭山神社」から更に北に向い、大妻女子大に至る途中に、二本木神社がある。 参道の入口に「村社 二本木神社」と彫られた白い「石塔」(写真)が立っている。

二本木神社入口

 参道を進むと急勾配の石段がある。石段の横の坂道(上の写真の右側に見える道路)は「オッパケ坂」と呼ばれている。オッパケという言葉の由来は「ハケ(崖のこと)」からきているらしい。この辺りは不老川の河岸段丘の崖が続いている地形。その崖を上る坂道が地元の人々に「オッパケ坂」と呼ばれたらしい。「オバケ坂」を予想していたのは、外れ。
 石段を上ってハケの上に造られた参道に出ると、風格のある大きな木造の明神系の鳥居(写真)が立っている。

二本木神社鳥居

 参道を進むと、これも風格のある二本木神社の拝殿(写真)が建っている。

二本木神社拝殿

 拝殿から続く本殿(写真)は、拝殿の後方に隠れ見難いが、これも堂々とした建物である。

二本木神社本殿

 入間市博物館資料には「村社 二本木神社 祭神 素戔嗚尊 少彦名命  総説 二本木神社は菅原道真公を万治二年(1659)勧請し、また元禄三年(1690)素戔嗚尊を祀ったものである。又祭神は少彦名命ともなっており、旧来産土神であったことから明治五年村社に列せられ、明治四十五年字伊達にあった八雲神社、金比羅神社、稲荷神社もここに移された。元の社号は渡唐天神社と称していたが、更に改めて二本木神社となった。 二本木の語源は元狭山小学校(現瑞穂第三小)南の高台に二本の大きな榎があり、これを二本榎と呼び、のちに二本木と唱えるようになったと伝えられる」と記されている。
 祭神の素戔嗚尊、少彦名命共に出雲の神様で、狭山丘陵北麓ではもうお馴染みの神様。 産土神(うぶすながみ)とは、その者が生まれた土地の神様を指し、その者を一生守護し続け、その者が他所に移住しても産土神が守護してくれるという。従って素戔嗚尊、少彦名命を産土神とする二本木神社は、二本木村の村社として崇められたのである。 昔は渡唐天神社と呼ばれていたのは、菅原道真と中国・宋の仏鑑禅師を結びつけた、室町時代の禅宗の信仰に係わるものらしい。 そして最後に、二本榎が二本木の地名となったことを知った。

 境内を歩くと、大きな境内社「金比羅神社」(写真)が建っている。明治時代に二本木神社に合祀されたのだが「金比羅神社」が境内社として残されているのは、地元の人々の格別な信仰があったのだろう。 総本社は香川県琴平町の「金刀比羅宮」で、祭神は金毘羅大権現。もともとはインド・ガンジス川に棲む鰐を神格化したクンピーラ神が、日本に入って来て金毘羅神として祀られるようになった。本来は水に関係する漁業・航海の神であるが、雨乞いの神で農業殖産の神でもある。
二本木神社境内2

 もう一つの小さな境内社は「三峯神社」(写真)。総本社は埼玉県秩父市にある三峯神社。主祭神は伊弉諾尊と伊弉冉尊。社伝によれば、日本武尊の東征中に創建されたという古社。山犬信仰が有名である。
二本木神社境内1

 合祀された「八雲神社(祭神、素戔嗚尊)」「稲荷神社(祭神、倉稲魂命)」の境内社は存在しない。いずれも狭山丘陵北麓には数多く見かける神社である。
 境内で見つけた狛犬(写真)は、獅子を思わせる迫力がある。牛頭天王とも呼ばれる「荒ぶる神、素戔嗚尊」を祀る神社に相応しい、猛々しい狛犬だった。 「オッパケ坂」の急石段を上った甲斐のあった二本木神社だった。

二本木神社狛犬

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