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寺社めぐり 19 神奈川県藤沢市

寺社めぐり 19 神奈川県藤沢市

 江の島の寺社めぐりの後、江の島近辺の寺社めぐりを行った。 

1 満福寺

江ノ電・腰越駅の近くに「満福寺」がある。 江ノ電の踏切を越えると、石段の上に「山門」(写真)が建つ。
満福寺山門

大きな本堂(写真)は、現在修復中である。

満福寺本堂

案内板には「龍護山満福寺と号し、開山は行基(668~749)と伝えられ、本尊は薬師如来像です」と記されている。 西国で活動したといわれる高僧・行基が、開山したと伝わる寺院が武蔵国にも多いが、鎌倉の近くにも行基伝説があるのは驚き。行基の開山には疑問を感じるが「伝えられている」ことを否定するわけにはいかない。 真言宗大覚寺派の寺院である。
更に、案内板には「源義経(1159~89)が腰越状を書いた所として有名です。境内には弁慶が墨をするのに水を汲んだといわれる硯池、腰掛石があります」と記されている。 兄頼朝の怒りを買い鎌倉入りを許されず、腰越の地に留められた際、頼朝に心情を訴える腰越状を書いた寺として有名である。 本堂には、弁慶が書いた腰越状の下書きとされる書状が展示(有料)されているが、数年前に拝見済みなので今回はスキップ。 義経・弁慶フアンには見逃せない場所である。
本堂の左手に「弁慶の腰掛石と力石」(写真)があった。

満福寺弁慶

2 龍口寺

江ノ電「江ノ島駅」近くに、日蓮上人法難の「龍口寺」がある。 大きな山門(写真)     があり、次いで形のよい三門(写真)をくぐって境内に入る。

龍口寺山門

龍口寺三門

境内には、天保三年(1832)竣工の、木造欅造りの大きな本堂(写真)が建つ。
龍口寺本堂

龍口寺は寂光山と号す、日蓮宗の本山。境内の案内板は詳細過ぎるので、インターネットの調査結果「この地はかって刑場跡で、文久八年(1271)に日蓮宗の開祖・日蓮が、その著『立正安国論』が幕府の政策への中傷と受け止められ、刑場で処刑されそうになった。処刑直前に天変の奇蹟が起り、斬首の刑が中止となり、日蓮は佐渡島への流罪となった。その後延元二年(1337)に日蓮の弟子、日法がこの地を『竜ノ口法難霊蹟』として敷皮堂という堂を建立し、自作の祖師像(日蓮像)と首敷皮を置いたのが、龍口寺の始まりと伝わる」と分る。 本堂に安置されている首敷皮とは、法難時に日蓮が足元に敷いていた敷皮のこと。
本堂の右奥には明治四十三年に竣工した五重塔(写真)が建っている。神奈川県では唯一の五重塔で、木造欅造り。木立に囲まれ、甚だ写真に撮り難かった。

龍口寺五重塔

3 常立寺

龍口寺の近くに建つのが「常立寺」。 山門(写真)をくぐり境内に入る。

常立寺山門

山門近くの六地蔵から、本堂(写真)を望む。

常立寺本堂

龍口山と号する日蓮宗の寺院で、もともと龍口で処刑された罪人を弔うために建てられ た。 この寺院で有名なのは「元使塚」(写真)。

常立寺元使塚

第一の元寇があった文永の役の翌年、建治元年(1275)元への服従を求める国書を携えて来日した社世忠ら元の国使ら5名が、鎌倉幕府・北条時宗の命により処刑され、この地に葬られ、五基の五輪塔が建てられた。 その後、大正十五年に「元使塚」が建てられた。 元は現在のモンゴルに当ることから、平成十七年朝青竜や白鵬らモンゴル出身の力士らが「元使塚」を参拝。写真に見られる青い布(青はモンゴルで英雄を意味する色)を五輪塔に巻き、元使を弔った。
江の島の近くにも、いろいろな歴史があったことを学んだ。 

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