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寺社めぐり 18 江の島

寺社めぐり 18 江の島

 前報「鎌倉寺社めぐり」を終え、江の島電鉄に乗り久々の江の島に着く。今回の「江の島寺社めぐり」の目的は、有名な弁財天像の見学と、初めて「江島神社奥津宮」への参拝。

1 江島神社 辺津宮

江の島の入口には、江の島弁財天信仰の象徴である「青銅の鳥居」(写真)が立っている。今の鳥居は文政四年(1821)に再建されたもので「江島大明神」の額が架かっているが、長年の潮風により緑青化して読み取れない。江戸時代からの「江の島詣で」の参拝客が、この鳥居をくぐった歴史の重さを感じさせる。

江の島一鳥居

両側に店が並び狭くて賑やかな参道を上って行くと、赤い大きな二の鳥居が現れ、その背後に建つのが龍宮城を模した竜宮造りの「瑞心門」(写真)。 

江の島二鳥居

瑞心門をくぐり、結構急勾配の石段を上ると「江島神社辺津宮」(写真)に着く。社殿前の「茅の輪」をくぐると、体にしみついた汚れが清められ、参拝すると功徳が増すとされている。
 
江の島辺津宮
 
 この辺津宮は、旧下之宮で田寸津比賣命を祀っている。この神様は宗像三神の一柱、多岐都姫命の別名で、宗像・厳島神社系列の海の神様である。 建永元年(1206)源実朝が創建。権現造の社殿は延宝三年(1675)に再建された。
 辺津宮の左に建つのが「弁天堂」(写真)。 掲示板に「日本三大弁財天 秘宝 八臂弁財天像 妙音弁財天像」と記されている。 因みに「日本三大弁財天」とは、竹生島・宝厳寺、宮島・大願寺、江の島・江島神社、天川村・天河大弁財天社の内の三体をいう。四寺社による三大弁財天争いがあり、それが寺院二つ、神社二つと寺社にまたがるのが興味深い。

江の島弁天堂

 入場料を払って、待望の弁天堂内に入る。二体の弁財天像(写真)が並び、左が有名な妙音弁財天像、通常「裸弁天」である。鎌倉時代に作られた、裸で琵琶を抱いた姿は妖艶で、江戸の町人たちを江の島弁天詣でに夢中にさせた理由が分る気がする。日本の寺院に、裸体のご本尊が安置されている事例が、他にあるとは思えない。 右の八臂弁財天像は、八本の手にそれぞれ武器を持っている勇ましいお姿。これには鎌倉武士といえども勝てないだろう。 源頼朝が戦いの前に祈念したことから、戦勝祈願の神様である。

江の島弁財天

 弁財天は、ヒンドゥー教の女神、サラスヴァティーが仏教や神道に取り込まれた呼び名。日本では宗像三女神の一柱であり、美人の誉れ高い市杵嶋姫命と同一視されることが多い。しかし辺津宮の祭神は市杵嶋姫命の妹、多岐都姫命である。この点に疑問を抱きながら、次の「中津宮」に向った。


2 江島神社 中津宮
 
石段を上り、江の島最高地点に建つのが「江島神社中津宮」(写真)。 旧上之宮で、元禄二年に改築された権現造の社殿は美しいが、逆光となったのが惜しい。

江の島中津宮

 中津宮は仁寿三年(853)、慈覚大師による創建。辺津宮よりも353年も古い。祭神は市寸島比賣命で、これが宗像三神の一柱・市杵嶋姫命であり、弁財天として名高い女神。 これで弁天堂の弁財天の謎が解けた。弁天堂は辺津宮の境内社ではなく、江島神社全社の境内社と考えたほうがよさそうである。

3 江島神社 奥津宮

 中津宮から石段を下り、江の島の西端に建つのが「江島神社奥津宮」 源頼朝が奉納した古びた「石鳥居」(写真)が立っている。鶴岡八幡宮ほどではないが、源氏の厚い信仰を感じさせる。

江の島石鳥居

 石鳥居をくぐると「江島神社奥津宮」の拝殿(写真)に着く。

江の島奥津宮

 本殿(写真)は、樹木が邪魔して見にくいが、天保十三年(1842)に再建された、入母屋造の堂々たる社殿である。初めて参拝できたのが嬉しい。

江の島奥津宮2

 奥津宮は、旧本宮で祭神は多紀理比賣命、即ち宗像三神の一柱の多紀理姫命である。 社伝によれば、欽明天皇十三年(552)、欽明天皇の勅命により、江の島の南の洞窟に宮を建てたのが始まりと伝える。これだと中津宮よりも301年も古い。 「吾妻鏡」によれば、寿永元年(1182)、源頼朝の命により、文覚が島の岩屋に弁財天を勧請したとあり、これを創建とすれば中津宮よりも329年も新しい。
 奥津宮は昔「岩屋本宮」と呼ばれ「江島寺」とも称していた。慶安二年(1649)に京都・仁和寺の末寺となり「岩本院」と称し、寛永十七年(1640)、岩本院は幕府からの朱印状を得て、旧上之宮(中津宮)や旧下之宮(辺津宮)を支配した。 明治六年には、仏式を廃して神社となり「江島神社」に改称した。 従って弁財天は昔「岩本院」のご本尊であったが、江島神社となった後は「弁天堂」に安置されるようになったと思われる。

 本来ならば、これから急な石段を下り、海岸にある「江の島岩屋」を見学するのであるが、鎌倉・江の島と観光を続けて疲れてしまった。再び、急な石段を上ってここまで戻ってくる元気がないので、悔しいけれど「江島神社奥の院」に当る「岩屋」見学を断念。 40年も前に、家族で「岩屋」を訪れたのを思い出しながら、帰途についた。
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