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狭山丘陵寺社めぐり 62 清泰寺  (入間市宮寺)

狭山丘陵寺社めぐり 62 清泰寺  (入間市宮寺)

 宮寺地区の中心で、四つの道路が交わる「宮寺」交差点の近くに「清泰寺」の入口(写真)がある。白い門柱に「真言宗豊山派 清泰寺不動尊」と書かれていて、不動尊が有名な寺院らしい。入口の白梅が満開で、積雪は残るが春近しを感じさせる。

清泰寺入口

 常緑樹の大木に隠れるように本堂(写真)が建っている。

清泰寺本堂

 入間市博物館資料には「この宥峰山清泰寺は真言宗豊山派に属し、本尊は不動明王で、堂は間口七間半、奥行六間の大伽藍、それに境内仏堂として薬師堂がある。 新編武蔵風土記稿によると、開山頼栄遷化の年月は伝えざれども、第三世の住僧智養元和五年(1619)寂すといえば開宗の年代も知るべし。 と記されているが、寺の記録には開基は頼栄上人で創立年代は詳かならず、と伝えられてきた。ところが明治四十一年本尊(不動)明王の彩色修復を行ったところ、尊像の片面に開基天長二年(825)三月二十一日と記されていたので、その開基の年代が明らかになった。もしこの年代が事実とすると、平安時代初期に創立された古刹ということになる。 本堂は江戸時代、宝暦四年(1755)に再建されたものであるが、内陣欄間の龍の墨絵二面は檀家出身の画家吉川緑峰氏が、弘化五年(1849)に描いたものである」と書かれている。 入口に書かれた本尊の不動明王を拝観できないのは心残り。 一方、開基が825年でありながら、第三世住僧が寂したのが1619年というのは、隔たりがあり過ぎる。資料作成者は疑問を持たなかったのかと不思議に思う。
 清泰寺の本寺は奈良県の長谷寺で、この辺りには真言宗豊山派の寺院が多い。

 本堂の左に建つ「薬師堂」(写真、右の堂。左は奥多摩八十八ヶ所第五十六番霊場)の内部には、薬師如来坐像(写真)が鎮座している。

清泰寺薬師堂

清泰寺薬師像

 本堂裏には、十塔が並ぶ墓石(写真)があり、由緒ありそうに思える。

清泰寺十塔

 境内に二つある地蔵像(写真)は大切にされている様子。特に二つ目の地蔵像には「風邪・邪気・厄除け石尊」と書かれている。

清泰寺地蔵1

清泰寺地蔵2

 積雪の中に咲く梅の花を愛でながら、清泰寺に別れを告げた。
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