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狭山丘陵寺社めぐり 61 都稲荷神社  (入間市宮寺)

狭山丘陵寺社めぐり 61 都稲荷神社  (入間市宮寺)

 前々報の「出雲祝神社」横の道路を200 m東に向い、狭山丘陵に向って上ると「都稲荷神社」の赤い一の鳥居(写真)が見える。

都稲荷鳥居

 二の鳥居のすぐ後ろに、赤い小さな社殿(写真)が建っている。

都稲荷社殿

 「都」という名称に似つかわしくない「田舎の小社」という感じ。 しかも社殿や鳥居が鬼門にあたる北向きで、これまでの狭山丘陵北麓の神社が、東または南向きであったのとは違うスタイル。 稲荷神社については、56報「兜稲荷神社」でいろいろ説明したが、この神社の祭神は稲荷神である宇迦之御魂神だと思われる。 稲荷信仰のルーツは、奈良時代山城国一帯に住んでいた渡来系の豪族・秦氏が、自分たちの氏神として祀った穀霊神、農耕神であった。即ち、朝鮮半島から稲荷神はやってきたことになるが、七福神の神様の中に、インドの神様が三人、中国の神様が三人もいることから、渡来系の神様は日本では珍しくないのである。
 「都」という名称の由来について問い合わせたが、よく分らない。出雲祝神社関係者によれば「昔、神社の近くに『都座』という芝居興行グループが居て、出雲祝神社の神楽殿で『切られ与三郎』などを上演していた」とのこと。「都座」は都稲荷に因んで名付けたのかもしれない。しかし、神楽殿では神楽を舞うものと信じていたが、神聖な舞台において芝居を興行していたとは驚いた。何でもよいから土地の人に聞いてみるものである。 合わせて「都稲荷は狭山丘陵内にあったが、昭和になって現在地に移し替えた」とのこと。神社を移し替える時に、いろいろな事情で社殿や鳥居が北向きとなったように思われる。
 社殿の内部(写真)には、美しい祭壇があり、これは狭山丘陵北麓の神社に共通している。

都稲荷内部

 神社の周辺は茶畑(写真)で、狭山茶の中心地に神社があることが分る。 背後の狭山丘陵は「さいたま緑の森博物館」と名付けられた森林公園で、公園内には「西久保湿地」「大谷戸湿地」「トンボの湿地」などが存在する。公園内の道を歩き、狭山丘陵を越えると、狭山湖の上流部に至るようである。 
「都」の由緒に首をかしげながら、都稲荷神社を後にした。

都稲荷茶畑
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ゆったりした風景が残ります

 この辺りはせせこましくなくていいですね。欅の大木に囲まれた家、土の道、多分境界を決める卯木など、狭山丘陵南麓では見られなくなった景観があります。初めて知りましたが、「都稲荷」の存在も興味を引きます。 野火止用水

さいたま緑の森博物館

さいたま緑の森博物館、昨年の夏、行ってみました。周りにはこの写真のような風景が一杯でした。Junpei

No title

おもしろいですねー、読ませていただいて、深い意味があることがわかりました。
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