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狭山丘陵寺社めぐり 5 御嶽神社 (東大和市蔵敷)

狭山丘陵寺社めぐり 5 御嶽神社

 狭山丘陵寺社めぐりの第5番は、4番目の厳島神社より少し引き返すことにした。ブロ友様から「2番八幡神社と3番熊野神社の間に、御嶽神社があるよ」と指摘を頂いたため。 「郷土博物館」の西側の谷を少し上ると、左手に狭山丘陵にかかる石段と鳥居(写真)が出現。神社名がどこにも書かれていないが、これが「御嶽神社」だと判断した。鳥居の左手には、ご神木と呼ぶに相応しい大木が立っている。
     鳥居

 最近普請されたような目新しい石段を上る。神社を竹林が取り囲んでいるのが興趣あり。小さな社殿(写真)が、竹林の中にひっそりと建っている。社殿からは市内が展望(写真)できるが、目に付くのは新興住宅ばかり。昔は奈良橋川に沿う民家や田畑の田園風景が広がっていたのだろうと思われる。
     社殿
      景色

 この御嶽神社の本社を、青梅市の御岳山の山上に鎮座する「武蔵御嶽神社」と仮定した場合、主祭神は櫛真智命で知恵や占いの神様である。その他の祭神は、大巳貴命、少彦名命、安閑天皇、日本武尊。 武蔵御嶽神社は736年、行基が蔵王権現を勧請し、中世以降は山岳信仰の霊場として発展。 私もケーブルカーで何度も上った神社であり、初夏に咲く可憐なレンゲショウマの群生地としても有名。尾根伝いに下山して「つるつる温泉」に入浴した思い出もある。 

 社殿前の灯篭には「納主 小嶋音次郎 マサ 昭和五十五年建立」と刻まれている。鳥居には「奉納 蔵敷 昭和六十二年 小嶋蔵之助」と刻まれている。蔵敷の素封家、小嶋家の神社であったのではなかろうか。 一方蔵敷の内野家は、熊野神社、厳島神社に関連が深いようであり、蔵敷には小嶋家、内野家という素封家が住まわれていたことが分る。 狭山丘陵の寺社が村人の手によるものではなく、村の有力者の力で造られたようにも思えるのである。
 最後に社殿横の質素な境内社(写真)に別れを告げて、御嶽神社を後にした。
     祠

 
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早速有り難うございました

 地味な神社ですが、市の歴史的には猛烈に興味が湧く神社です。
 御嶽信仰を形で残す唯一の証と思います。これから、ゆっくり調べてなぜここにまつられたのか、考えて行きたいと思います。
 野火止用水

御嶽神社

ブロとものコメントに即応して、ブログに御嶽神社をアップできることが凄い。数年前に、この辺りに住む友人と裏庭の筍掘りに行ったことが思い出されます。
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