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パリ旅行 11 ヴェルサイユ宮殿

  パリ観光の最終日は「ヴェルサイユ宮殿観光」と決めた。各国でいろいろな宮殿を見たが、その都度「ヴェルサイユ宮殿と比べると・・・・」と説明のある「ヴェルサイユ宮殿」を見ておかなくてはいけないと決めた。 メトロとバスを乗り継いで、パリ郊外の「ヴェルサイユ宮殿」(写真)に着く。

ヴェル全景

1 ヴェルサイユ宮殿

ヴェルサイユ宮殿の美しい門(写真)から入場。

ヴェル門

 宮殿前広場には長い行列ができていたので、ここでも最後尾に並ぶ。 1時間近く並んで、ようやく入口に到着。 ようやくヴェルサイユ宮殿(写真)の内部に入場。

ヴェル宮殿

 大きな絵画(写真)で飾られたいくつかの部屋を通過。1662年にこの宮殿を完成させた太陽王、ルイ14世の肖像画がある筈であるが、説明者がいないのでよく分らない。 

ヴェル絵画

2階に上ると有名な「鏡の回廊」(写真)があり、当時極めて高価だった大型の鏡が17枚も使用されたのが、回廊の名前の由来。ガイドブックでは、世界でもっとも有名な宮殿がヴェルサイユであり、もっとも有名な回廊が「鏡の回廊」となっている。今では鏡はさほど目立たないが、美しい天井画と、天井から吊るされたシャンデリアで飾られた回廊は確かに美しい。この回廊は、儀式や外国の賓客の謁見のために使われた。

ヴェル鏡の間

 「鏡の回廊」に続く「マリー・アントワネットの間」があり、最後の王妃・マリー・アントワネットの家族を描いた絵(写真)が気に入った。

パリアントワネット102

 次いで「ナポレオンの間」に入る。ルーブル美術館で観た「ナポレオンの戴冠」の絵画(写真)が飾られている。何故同じ絵画が、ルーブルとヴェルサイユにあるのか不思議だった。 帰国後インターネットで調べると、ルーブルの絵は、画家ダヴィッドがナポレオンに差し上げた絵である。一方ダヴィッドは同じ絵を自分のために描き、所有していた。そのダヴィッド所有の絵が、ヴェルサイユ宮殿のナポレオンの間に飾られているのだった。左から二人目の女性の服装が、ルーブルでは白であるが、ヴェルサイユでは赤の違いがあり、その女性はダヴィッドの恋人であったという。
 
ヴェル戴冠式

 午後はヴェルサイユ宮殿の庭園を観光。 20分くらいプチトランに乗って、庭園最奥の「グラン・トリアノン」(写真)に到着。ここはルイ14世が愛人のマントノン夫人と過ごすために建てた離宮である。

ヴェルトリアノン

 プチトランが「大運河」(写真)に着いたので、下車。ここから宮殿まで歩くことにした。宮殿の2階から眺めると、噴水のある庭園の遥か1 km先に見える湖が、この大運河である。幅が100 mもある運河が、この奥に1 kmも伸びているのだから、ヴェルサイユ宮殿のスケールは信じられないくらい大きい。宮殿の敷地は、縦3 km、横3 kmもあり「庭園の見学には半日は必要」とガイドブックに記載されていた。
ヴェル大運河

 庭園の中央に現れたのが「太陽神アポロンの噴水」(写真) 等身大くらいの沢山の馬が躍動しているのは、アポロンが天馬に引かれて海中から姿を現した像である。残念なのは噴水がお休みであったこと。 
ヴェル噴水

 「ラトナの噴水」から大運河を見渡した風景(写真)が雄大。ルイ14世の時代には、庶民に庭園を解放していたという。この豪華な宮殿と庭園を見て、庶民はよろこんだのだろうか? それともこの豪華な宮殿のために高い税金を課されていることに怒っていたのかも・・・・・・

ヴェル庭園全景

 ヴェルサイユ宮殿は、スケールの大きさでは世界一の宮殿(写真)であるのは認める。但し宮殿だけの比較をすると、ウィーンのシェーンブルン宮殿の方が、私は好きだ。シェーンブルン宮殿の「大ギャラリー」はヴェルサイユ宮殿の「鏡の間」に匹敵するし、シェーンブルン宮殿の「中国の間」「鏡の間」「磁器の間」「マリー・アントワネットの間」などバラィエティーに富んだ部屋は、ヴェルサイユ宮殿よりも興味深かった。 マリー・アントワネットはシェーンブルン宮殿で生まれ育ち、その後ヴェルサイユ宮殿で生きて、死を迎えるとは、なんと波乱にとんだ人生だったことだろう。

ヴェル後全景

 これでパリ観光が終わる。 初めての個人旅行であったが、パリの良さを満喫できたので満足。次は「秋のパリ」と「夜のパリ」を楽しんでみたい。
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パリ旅行 10 プロヴァン観光

 パリ観光の10日目は、NHKテレビが「フランスの美しい村」として放映していた「プロヴァン」の観光。 メトロでパリ東駅に着き、プロヴァン行きの急行列車に乗り込む。

1 プロヴァン

プロヴァンの田舎駅に着き、若い現地女性に日本語で観光コースを教わるハプニングがあった。 セーヌ川上流の清流の小川に架かる橋を渡り、プロヴァンの町に入る。カルガモの親子が泳ぐ溝に沿って、フランスの田舎町らしい家並み(写真)が続く。

プロバン町景色1

プロヴァンは中世には「シャンパーニュの大市」として賑わい、交易の中心都市であった。2001年「中世市場都市」として、世界遺産に登録されている。 丘の上にある中世の町を目指して歩く。 15分も歩くと丘の麓に着き、急坂を上っていくと、大きな教会「サンキリアス聖堂」(写真)があった。

プロバン教会1

 聖堂前の丘の上に建つのが、プロヴァンのシンボル「セザール塔」(写真)で、要塞の中心塔として1314年(日本の鎌倉時代)に完成した。この丘全体が城壁に囲まれた中世の要塞であった。

プロバンセザル塔

 らせん階段を上り、塔の屋上に出ると、展望が素晴らしい。先程のサンキリアス聖堂(写真)や丘の上の中世の町並みが美しい。

プロバン塔風景1

更に遠くにシャンパーニュ地方の平原が広がる絶景(写真)を楽しむ。このセザール塔はこの要塞の見張り塔で、敵の侵攻を監視していたのであろう。 
 
プロバン塔風景2

 丘を下りながら、シャンパーニュ地方の風景をも楽しむ。坂の下にあった教会の尖塔を持つホテルのある風景(写真)がとても気に入った。

プロバン町風景2新
 
村の大通りは、沢山の花が飾られとても美しい(写真)。ここがプロヴァンのメインストリートで、いわゆる「プロヴァン銀座通り」であるらしい。 

プロバン町風景3

 銀座通りの最奥に、三角屋根の「ANCIEN PRIEURE SAINT―AYOUL教会」(写真)があり入場。

プロバン教会2

教会の周辺を一周すると、鐘楼か見張り塔と思える街中の塔(写真)が印象に残った。

プロバン鐘楼
 

パリ旅行 9 モンマルトル観光

 パリ観光9日目は「モンマルトル」観光。

1 モンマルトルの丘

 メトロの駅から歩くと、目の前に「モンマルトルの丘」と、丘の上に建つ「サクレ・クール聖堂」(写真)が見えてきた。
モンマル聖堂全景

 石段を上り、モンマルトルの丘の上に着いた。 先ず丘の上からパリの街の展望(写真)であるが、期待したほどの景観ではない。エッフェル塔やノートルダム大聖堂からの展望がよかったのは、セーヌ川や寺院が近くにあったためと分る。

モンマル展望

 次いで「サクレ・クール聖堂」に入場。 聖堂内部では、祭壇上のイエス・キリストのモザイクの天井絵(写真)が印象的。 サクレ・クールとは「聖なる心」の意味で、1919年に完成した新しい聖堂。この聖堂のよい所は、パリでもっとも高い丘の上に建ち、パリの街のどこからでも聖堂が展望できることにあると思う。「モンマルトルの丘」は「殉教者の丘」を意味する。

パリモンマルトル聖堂

 聖堂後ろの鐘楼(写真)には、19㌧もある大鐘が吊るされているとのこと。

モンマル鐘楼

 聖堂見学の後は「プチトラン」に乗車。小さな機関車に引っ張られた遊覧車で、モンマルトルの周辺観光ができる。 街中でプチトランが止まったのが「ブラッシュ広場」 道路の向うに建っているのが、有名なキャバレー「ムーラン・ルージュ(赤い風車)」(写真)

モンマルムーラン

  昼食後、「テルトル(画家)広場」に行く。この広場はかって村役場のあったモンマルトル村の中心地。パリ中心街に比べて家賃が安いモンマルトルに、ルノワール、ロートレック、ピカソ、モディリアニ、ユトリロ、ゴッホら、多くの画家たちが移り住んでいた。かつてはピカソやユトリロも、ここで絵を描いていたといわれる。今のテルトル広場は、みやげ用の絵売り(写真)や似顔絵描きのテントや小屋で埋め尽くされている。
モンマル広場

 似顔絵描きには興味があったので、画家が女性の似顔絵(写真)を描いているのを眺める。目の辺りから描き始めているが、とてもモデルによく似ているのには感心。
 
モンマル似顔絵

 丘を下りると、「蚤の市」(写真)があった。広場に台を置き、その上に多くの商品が無秩序に並んでいる。商品も骨董品というよりは、使い古した家具や雑貨で、お土産にしたくなるようなものではなさそう。 「フランス人は家具や雑貨を大事に扱い、修理を繰り返しながら長年使う」と聞いている。「故障すると新品を買う」日本人とは習慣が違うその見本が、この「蚤の市」なのだと気がついた。
 
モンマル蚤の市

パリ旅行 8 ノートルダム大聖堂観光

 パリ観光8日目は、「ノートルダム大聖堂」の観光。 ホテルから歩いて、大聖堂に着く。

1 ノートルダム大聖堂

大聖堂観光の最初は、鐘楼(南塔)からの展望。 狭いらせん階段を200段くらい上って着いたのが、塔の中程にある「キマイラの回廊」。ここからパリの西方面が展望できる。回廊の所どころに、ギリシャ神話に登場する伝説の怪物キマイラの像が建ち、小説「ノートルダムのせむし男」を連想させるに十分な風景(写真)。遥か前方にモンマルトルの丘とサン・クレール寺院が見える。

大聖堂展望1

 狭いキマエラの回廊を、北塔から南塔にかけて歩きながら展望を楽しむ。斜め下を流れるセーヌ川の風景(写真)が秀逸。遊覧船が何艘も浮かび、まさに絵になる風景。セーヌ川の下流にかけてはエッフェル塔やモンパルナス・タワーも見える。

大聖堂展望2

 十分に眺望を楽しんだので、南塔のらせん階段から下りようとすると、南塔の上に向かうらせん階段を見つけた。そこで再び階段上りを開始。100段くらい上ると、南塔の上に出た。ここからはノートルダム大聖堂の後方と、パリの東方面の展望(写真)ができる。大聖堂の後方の天を突く尖塔は見応えがある。
大聖堂展望3
 
 午後はノートルダム大聖堂(写真)への入場。 

大聖堂全景

「ノートルダム」とは「我らが貴婦人」即ち「聖母マリア」を意味し、フランス国内には数多く建立されている。1320年(日本は鎌倉時代)に完成したこの大聖堂内部は、美術史上でも重要なゴシック建築であるという。 三つある有名なバラ窓(写真)はとても美しかった。バラ窓は聖母マリアを暗示するもので、ゴシック建築の教会に多い。欧州各地の教会でいろいろなステンドグラスやバラ窓を見たが、このバラ窓は最も印象に残るひとつである。 

大聖堂バラ窓

2 市内観光バス
 
 ノートルダム大聖堂観光を終え、2階建ての赤い観光バスを見つけ乗り込む。2階の椅子席に座り、イヤホーンの日本語案内のダイアルを設定し、パリ市内バス観光がスタート。
 先ず、セーヌ川の左岸を下流に向って行くと、オルセー美術館前を通過。次いで現れた古代ローマ風の建築物は「ブルボン宮」(写真)で、現在は「国民議会下院」として使用されている。 

バスブルボン

ブルボン宮の前、セーヌ川に架かるコンコルド橋を渡ったコンコルド広場から西に伸びるのがシャンゼリゼ大通り。大通りの向うに「凱旋門」(写真)が見える。なおシャンゼリゼとは、日本語に直すと「極楽浄土」の意味。「世界最高の豪華な大通り」という意味にも取れる。 バスが「凱旋門」を半周する。欧州に多い円形の広い交差点の真ん中に凱旋門が建っており、この円形交差点からは12本の道路が放射状に出ており、シャンゼリゼ大通りもその一つの道路である。 

バス凱旋門

 凱旋門からクレベール大通りを走ると、一昨日来たシャイヨー宮に着き「エッフェル塔」の車窓観光。 次いで向かったのが「アンヴァリッド」(写真)教会の地下にナポレオンの墓所があることで有名な観光名所。
バスアンバリ
 
バスは再びコンコルド広場を通過して「マドレーヌ教会」(写真)を半周する。ギリシャ神殿のような美しい建築。聖女マドレーヌ(イエス・キリストの妻ともいわれたマグダラのマリア)に捧げられた教会で、建設にはナポレオンが深く係わっている。 そしてパリで初の観光をした「パレ・ガルニエ(オペラ座)」を車窓観光。 次いでルーブル美術館前を通過して、ノートルダム大聖堂に戻ったところで、観光バスを下車。 パリの主要観光名所をほとんど見ることができたので大満足。

バスマドレヌ

パリ旅行 7 ジヴェルニー観光

 観光7日目、初めてのフランス国内列車の旅。 先ずメトロを乗り継いで、パリ西方面行き列車の始発駅「サン・ラザール駅」(写真)に着く。 

モネ駅

風格のある堂々とした駅舎。インド・ムンバイの世界遺産「ヴィクトリア・ターミナス駅」には及ばないが、東京駅のモデルとなったオランダの「アムステルダム駅」に匹敵する駅舎である。 フランスで最初に列車が走ったのが1838年で、このサン・ラザール駅が出発駅。従って、日本で言えば新橋駅に相当する歴史ある駅。当時は列車が珍しくて、列車がホームに入ってくるのを描いたモネの絵(写真)を、オルセー美術館で観た。
パリモネサン駅103

1 ジヴェルニー「モネの家」

2階建ての急行列車でパリを発ち、ベルノン駅に着く。更にバスに乗り換えて、ジヴェルニーの「モネの家」に到着。 有名な「モネの庭」に入って行く。広い庭には色とりどりの花(写真)が咲き乱れて、とても美しい。それらの花々はモネが自ら植えて、育てたもの。

モネ花1

モネ花2新

広い庭園の一角に、1883年モネが移り住んだ2階建ての家(写真)がある。

モネ家

当時のモネはほとんど無名であったが、この環境の恵まれた家で仕事を続けるうちに有名になり、1926年、86歳のモネはこの家で息を引き取った。 モネが生活した家を見学して驚いたのは、2階に浮世絵を貼りめぐらした部屋が二つもあったこと。モネを印象派の巨匠に育てたのは、庭園の花であり、そして日本の浮世絵であったことが推察される。

 庭園の奥にある有名な「睡蓮の池」を見学。木立の下の水路をたどると、100 m四方もあろうかと思える、大きな睡蓮の池に出る。池は二つあり、二つの池を結ぶ水路の上に太鼓橋(写真)が架かり、まさに日本庭園の趣である。但し太鼓橋の色が日本流の赤ではなく、緑に塗ったのはモネの好みらしい。
モネ太鼓橋

広い池(写真)には沢山の睡蓮が浮かび、ちょうど睡蓮の花が見頃。睡蓮の開花に合わせて、この旅の時期を決めたのがピッタリと当たった。 池の最奥にベンチがあったので、座り込んで30分近くも睡蓮の池を観賞できたのが、この旅では最高の至福の時間。 この大きな池は、モネが掘った人口の池。池造りの背景には日本庭園があったことは確かだと思われる。

モネ睡蓮池

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